・・・ます数は実におびただしいものでワッペウ氏の表には平均百人の中十五人三分と記してござります』と講義録の口調そっくりで申され候間、小生も思わずふきだし候、天保生まれの女の口からワッペウなどいう外国人の名前を一種変てこりんな発音にて聞かされ候・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・そして一つの墓石に名前をつらねる。「夫婦は二世」という古い言葉はその味わいをいったものであろう。 アメリカの映画俳優たちのように、夫婦の離合の常ないのはなるほど自由ではあろうが、夫婦生活の真味が味わえない以上は人生において、得をしている・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・見ると、手箱にも、棚にも、寝台札にも、私の名前がはっきり書きこまれてあった。 二年兵は、軍服と、襦袢、袴下を出してくにから着てきた服をそれと着換えるように云った。 うるおいのない窓、黒くすゝけた天井、太い柱、窮屈な軍服、それ等のもの・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・まだまだ此外に今上皇帝と歴代の天子様の御名前が書いてある軸があって、それにも御初穂を供える、大祭日だというて数を増す。二十四日には清正公様へも供えるのです。御祖母様は一つでもこれを御忘れなさるということはなかったので、其他にも大黒様だの何だ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・――印を押そうと思って、広げられた帳面を見ると、俺の名から二つ三つ前に、知っている名前のあるのに目がとまった。それは名の知れている左翼の人で、最近どうして書かなくなったのだろうと思っていた人だった。ところが、此処にいたのだ。この人も! そう・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・彼女は学士が植えて楽む種々な朝顔の変り種の名前などまでもよく暗記んじていた。「高瀬さんに一つ、私の大事な朝顔を見て頂きましょうか」 と学士が言って、数ある素焼の鉢の中から短く仕立てた「手長」を取出した。学士はそれを庭に向いた縁側のと・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 坊さんは、じいさんに子どもの名前を聞きました。じいさんは名前の相談をしておくのをすっかり忘れていました。「そうそう。名前がまだきめてありません。ウイリイとつけましょう。」と、じいさんはでたらめにこう言いました。坊さんは帳面へ、その・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ と思っていたら、果して、その講話のおわりにアナウンサアが、その、あいつの名前を、閣下という尊称を附して報告いたしました。老博士は、耳を洗いすすぎたい気持になりました。その、あいつというのは、博士と高等学校、大学、ともにともに、机を並べて勉・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ドストエフスキー、セルバンテス、ホーマー、ストリンドベルヒ、ゴットフリード・ケラー*、こんな名前が好きな方の側に、ゾラやイブセンなどが好かない方の側に挙げられている。この名簿も色々の意味で吾々には面白く感じられる。* ゴットフリード・ケ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして、この名前をつけたアナーキストの小野は、この春に上京してしまっていた。「どうだ、あがらんか」 深水はだいぶ調子づいていた。「おい、そっちに餉台をだしな」 嫁さんはなんでもうれしそうに、部屋のなかへ支度しはじめた。「・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫