・・・先生はその場所では誰のもいいとも悪いとも云わなかった。しばらくやすんでから、こんどはみんなで先生について川の北の花崗岩だの三紀の泥岩だのまではいった込んだ地質や土性のところを教わってあるいた。図は次の月曜までに清書して出すことにした。ぼ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・然し常にこの世に争闘が絶えないと同時に、それは実現し難いものだと思います。例えば親子間の愛――この世にたった一つしかないいきさつですらも、どれだけ円満にいっていましょう。愛と平和――それは今の経済学、哲学とかの学問で説明したり、解剖したりす・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 気味が悪いから鶏に投げてやると黄いコーチンが一口でたべて仕舞う。 又する事がなくなると、気がイライラして来る。 隣りの子供が三人大立廻りをして声をそろえて泣き出す。 私も一緒にああやって泣きたい。 声を出そうかと思って・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分からないのを、自分の頭の悪いせいだとは思わなかった。実は反対に記者のために頗る気の毒な、失敬な事を考えた。情調のある作品として挙げてある例を見て、一層失敬な事を考えた。 木村の蹙めた顔はすぐ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分からないのを、自分の頭の悪いせいだとは思わなかった。実は反対に記者のために頗る気の毒な、失敬な事を考えた。情調のある作品として挙げてある例を見て、一層失敬な事を考えた。 木村の蹙めた顔はすぐ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・実に骨牌と云うものはとんだ悪い物である。あれをしていると、大切な事を忘れてしまう。 ツァウォツキイはようよう鉄道の堤に攀じ上った。両方の目から涙がよごれた顔の上に流れた。顔の色は蒼ざめた。それから急にその顔に微笑の影が浮かんで、口から「・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・実に骨牌と云うものはとんだ悪い物である。あれをしていると、大切な事を忘れてしまう。 ツァウォツキイはようよう鉄道の堤に攀じ上った。両方の目から涙がよごれた顔の上に流れた。顔の色は蒼ざめた。それから急にその顔に微笑の影が浮かんで、口から「・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 思えば憎いようで、可哀そうなようで、また悲しいようで、くやしいようで、今日はまた母が昨夜の忍藻になり、鳥の声も忍藻の声で誰の顔も忍藻の顔だ。忍藻の部屋へ入ッて見れば忍藻の身の香がするようだし、忍藻の手匣へ眼をとめれば忍藻が側にいるよう・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・それを明瞭に感じはするが、これもいかんとも私にはなし難い。理論はそういうときに、口惜しいけれども飛び出してしまう。書くときには疲れないが書けないときにはひどく疲れてへとへとになるのも、このときである。 これは作家の生活を中心とした見方の・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・「縁起たれの悪いこと云うてくれるな。手前とこは谷川って云うやら。俺とこは山本や。」 その時、秋三はふと勘次の家と安次の家とは同姓で、その二家以外に村には谷川と名附けられる姓の一軒もないのに気がついた。してみれば、今安次を勘次の家へ、・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫