・・・そのサーニが、臓品分配のことから刃傷沙汰を起し、半殺しの目にあってシベリアの雪の中に倒れていたところを、その地元の「嘗て浮浪児たりし人々のコンムーナ」すなわち少年労働訓練所に救護された。サーニが到頭、自身を卓抜な青年労働者にたたき上げる迄の・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・ 午前の人定尋問の時、立って「この公判は重大であるから公判の検事ならびに裁判長以下裁判官の名前をわからして頂きたい」と発言して、布施弁護士によってその要求を具体化した被告飯田七三、もと三鷹電車区検査係、同分会執行委員長は、午後の法廷でさ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 殉死を許した家臣の数が十八人になったとき、五十余年の久しい間治乱のうちに身を処して、人情世故にあくまで通じていた忠利は病苦の中にも、つくづく自分の死と十八人の侍の死とについて考えた。生あるものは必ず滅する。老木の朽ち枯れるそばで、若木・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・細やかな人情家の高田のひき緊った喜びは、勿論梶をも揺り動かした。「どんな武器ですかね。」「さア、それは大変なものらしいのですが、二三日したらお宅へ本人が伺うといってましたから、そのときでも訊いて下さい。」「何んだろう。噂の原子爆・・・ 横光利一 「微笑」
・・・我々は非人情を呼ぶ声の裏にあふれ過ぎる人情のある事を忘れてはならない。娘がめっかちになって自分の前に出て来ても、ウンそうかと言って平気でいられるようになりたい、という言葉の奥には、熱し過ぎた親の愛が渦巻いているのである。 超脱の要求は現・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫