・・・と、睨むように私を眺め、万年筆をおいて煙草に火をつけた。「帰れるか、帰れないかがきまるところだから、よく考えて答えたまえ!」 夜七時頃で、当直が一人むこうの卓子で何か書いているきり、穢い静かな高等室の内である。 一切非合法活・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ にょっきり草から半身を現した黒い大きいきたない顔は、ものも云わず笑いもせず、わたしを睨むように見た。私も、二間ばかり離れたこっちから目を据えてその男を見守っている。どっちも動かない。すると、ピクッと、ぼろの間から出た男の裸の肩が動いた・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・とはやし立てた。睨むような眼差しをするうちにも尚子は笑いを抑えられない風である。飲みすぎか、怠けぐらいのところらしい幸治がにやにやしながら、「貧乏ひまなしでやっていますとたまには、病気もなかなかいいところがあるですよ」 エアシッ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・油井は、ちらりとみのえの笑いを照りかえしたが、素早く口元をたてなおし、睨むような真似をした。みのえは、少し体を動かして母親の方を向いた。 番茶を飲み終ると、「さあ」 油井は立ち上って、銘仙の着物の膝をはたくようにした。「もう・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・また、藪の中の黄楊の木の胯に頬白の巣があって、幾つそこに縞の入った卵があるとか、合歓の花の咲く川端の窪んだ穴に、何寸ほどの鯰と鰻がいるとか、どこの桑の実には蟻がたかってどこの実よりも甘味いとか、どこの藪の幾本目の竹の節と、またそこから幾本目・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫