・・・ 黒馬車にのっけられるのはいやだもの。と云ったと云うのをきいたりすると、いくらしっかりして居ると云ったって二十前の息子が他人の家で病う気持が思いやられて、娘は、他人事でない様な、只書生の云う事だと云いきってしまわれない様な深い思・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ あれからかえって来て、急に夏フトンをほして、ボタンをつけて、今江井が又のっけて中川へ届けに出かけたところです。 夏ぶとんがあの暑い最中になかったというのは実にお気の毒様でした。私は前に手紙で伺ったとき、御返事がなかったからそちらに・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・一九二八年代、どこのホテルの廊下ででも給仕男が大きな盆に茶や食物やをのっけ、汗だくで運んで行く恰好を見ることが出来た。むかし築地小劇場がたくみな模倣でゴーゴリの検察官を上演した。あの劇中でも金のないフレスタコフのあなぐら部屋へ靴の裏みたいな・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・生れてから婦人帽というものは頭にのっけずにきた、そして、自分の家の台所でか他人の家の床の上でか手と足とで働きつづけてきたという風な祖母さんだ。両眼を細め、片腕を肱ごと前列の椅子の背へもたせかけ舞台を見つめて話をきいている皺深い横顔の輝きを見・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・日本銀貨は手から手へまわされ、或るものはてのひらの上へのっけて重みをきいた。が、みんな何ともいわぬ。見てしまったものは、勝手に、 ――この腫れもの、痛んでしようがない。 ――きのう何故診療部へ行かなかったのさ。などとしゃべってい・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・の上に小さい詩集をのっけて上を向いてうたって居た。 唇がまっかに見えた。 真白い「あご」につづいてふくらんだ喉のあたりから声が出て居るらしく肩の上に葉の影がゆらめいて居た。「何だい? 肇も同じ窓からのぞいた。 二・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ その時さっきっから読みかけて居た形の小さな小奇麗な本をひざにのっけて居た千世子は、 お読みんなりましたか。と云ってその本の背の方を向けた。 千世子は肇の話の工合で自分の読んで居る物位は肇も読んで居るに違いないとあて・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ころがしながらこう云った小虫はなんとも云わないでやっぱりコロコロころんでるそれでも前のよにかわいらしい……白い着物のたもとの上にそっとのっけて垣づたいとなりのおばさに見せにいた。「おばさん、一寸マア御らんなさい・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・本をよみながら一寸首をあげて見るとわきの木ばこの上にのっけてある石膏の娘の半身像のかおが影の工合で妙にいやらしく見えたんで手をのばして後むきにしてしまった。それからインクスタンドの下の方にゴトゴトになってたまって居るのでペンが重くってしよう・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ 近頃にないほど感情の妙にたかぶって居る女を、別にとめようともしないで男は一緒に上り口から軽るそうなソフトを一寸のっけて年の割に背のひくい男(の白い爪先を見ながら、ふところ手をして歩いた。 二人はおうしにされた様におしだまって、頭の・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫