・・・素朴な野薔薇の花を交えた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは両親を失った後、じょあん孫七の養女になった。孫七の妻、じょあんなおすみも、やはり心の優しい人である。おぎんはこの夫婦と一しょに、牛を追ったり麦を刈ったり、幸福にその日を送っていた。勿・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・なぜというと、向こうには赤い屋根と旗が見えますし、道の両側には白あじさいと野薔薇が恋でもしているように二つずつならんで植わっていましたから。 むすめもひとりで歩けました。しかして手かごいっぱいに花を摘み入れました。聖ヨハネ祭の夜宮には人・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 高野さちよを野薔薇としたら、八重田数枝は、あざみである。大阪の生れで、もともと貧しい育ちの娘であった。お菓子屋をしている老父母は健在である。多くの弟妹があって、数枝はその長女である。小学校を出たきりで、そのうちに十九歳、問屋からし・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・しかしながら、病気以前のラプンツェルの、うぶ毛の多い、野薔薇のような可憐な顔ではなく、いま生き返って、幽かに笑っている顔は、之は草花にたとえるならば、まず桔梗であろうか。月見草であろうか。とにかく秋の草花である。魔法の祭壇から降りて、淋しく・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・コールタを流したような真黒な溝の水に沿い、外囲いの間の小径に進入ると、さすがに若葉の下陰青々として苔の色も鮮かに、漂いくる野薔薇の花の香に虻のむらがり鳴く声が耳立って聞える。小径の片側には園内の地を借りて二階建の俗悪な料理屋がある。その生垣・・・ 永井荷風 「百花園」
出典:青空文庫