・・・外の小作人は野良仕事に片をつけて、今は雪囲をしたり薪を切ったりして小屋のまわりで働いていたから、畑の中に立っているのは仁右衛門夫婦だけだった。少し高い所からは何処までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のようにきり・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ただし野良調子を張上げて田園がったり、お座敷へ出て失礼な裸踊りをするようなのは調子に合っても話が違う。ですから僕は水には音あり、樹には声ある文章を書きたいとかせいでいる。 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・と席順に配って歩行いて、「くいなせえましょう。」と野良声を出したのを、何だとまあ思います? つぶし餡の牡丹餅さ。ために、浅からざる御不興を蒙った、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可い。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・…… 若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫を片手間に、小賭博なども遣るらしいが、そんな事より、古女房が巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。 またその媼巫女の、巫術の修煉の一通りのものでない事は、読者にも・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 二人とも野良へ出がけ、それではお見送はしませんからと、跣足のまま並んで門へ立って見ております。岩淵から引返して停車場へ来ますと、やがて新宿行のを売出します、それからこの服装で気恥かしくもなく、切符を買ったのでございますが、一等二等は売・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と帽子の鍔を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向けに崖の上を仰いで、いま野良声を放った、崖縁にのそりと突立つ、七十余りの爺さんを視ながら、蝮は弱ったな、と弱った。が、実は蛇ばかりか、蜥蜴でも百足でも、怯えそうな・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ のらくらしていては女にまで軽蔑される。恋も金も働きものでなくては得られない。一家にしても、その家に一人の不精ものがあれば、そのためにほとんど家庭の平和を破るのである。そのかわりに、一家手ぞろいで働くという時などには随分はげしき労働も見・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・もっとも、お君さんをそういう気質に育てあげたのは、もとはと言えば、親たちが悪いのらしい。世間の評判を聴くと、まだ肩あげも取れないうちに、箱根のある旅館の助平おやじから大金を取って、水あげをさせたということだ。小癪な娘だけにだんだん焼けッ腹に・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・一日野良に出て働いて、夕暮になると、みんなは月の下でこうして踊り、その日の疲を忘れるのでありました。 男共は牛や羊を追って、月の下の霞んだ道を帰って行きました。女達は花の中で休んでいました。そして、そのうちに、花の香りに酔い、やわらかな・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・担いでものらんぞ、あはは……」 豹吉はわざと大きく笑ったが、しかし、その笑いはふと虚ろに響き、さすがに狼狽していた。 ガマンの針助……。 この奇妙な名前の男について述べる前に、しかし、作者は、その時、「やア、兄貴!」 と・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫