・・・しかしこのシガーの競技は可能であるのみならず、どこかに実にのんびりした超時代的の妙味があるようである。ただこの競技の審査官はいかにも御苦労千万の次第である。だれかしかるべき文学者がこの競技の光景を描いたものがあれば読んでみたいものである。・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・この方がのんびりして野趣がある。 市役所の庭に市民が群集している。その包囲の真中から何かしら合唱の声が聞こえる。かつて聞いた事のない唱歌のような読経のような、ゆるやかな旋律が聞こえているが何をしているか外からは見えない。一段高い台の上で・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・こんなのんびりした世界でさえも、自分の手でしっかり握っていない限り私有物の所有権は確定しないものと見える。してみるとやっぱり自分の腕以外にたよりになる財産はないかもしれない。 ゴルフもだんだん見ているとなかなか六かしい複雑な技術だという・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・それからだんだんのんびりしたいかにも春らしい桃色に変りました。 まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て「おキレの角はカンカンカン ばけもの麦はベラン・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・華やかな人間の行事にも無関心な動物の自然さで、白と黒との立派な斑牛はのんびり鼻面をもたげ主人にそびらを向け、生きていることが気持よいという風に汀に向って水を飲んでいる。 視角の高い画面の構成は、全体が闊達で、自在なこころの動きがただよっ・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ とっておきの靴をはいて、初夏らしい帽子をかぶり手に袋など持って、のんびり散歩している。連れの男も上衣のボタン・ホールにリボンでこしらえたレーニンの肖像入りの飾りなどがついている。 小さい鈴蘭の束をさしたのもいる。 前日大群衆に・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・その晩は安心してのんびり出来るよう、朝六時までかかって私は到頭バルザックを六十八枚書き上げ、一層心持ちがよかったわけです。バルザックが卑俗であり、悪文であるということを同時代人からひどく云われたし、現代でも其は其として認めざるを得まいが、そ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・何となしのんびりです。セザンヌの伝記を読んでもらい始めました。何しろ一ヵ月振りの本だから仲々面白い。でも視野が比較的狭くて歴史のモメントを深く個人の上にみないからその点は喰い足りず。赤チャンの名前が男の子はまた一苦心で、食堂のテーブルが賑わ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ああ、一時間早く仕事をきり上げてこられると、なんというのんびりしたいい心持だろう! ニーナはつくづく思った。 日暮れが早いからニーナの室には電燈がついているが、時刻にすればまだ四時そこそこである。今日の退け時ほど工場の出入口が陽気・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・石田は気がのんびりするような心持で、朝の空気を深く呼吸した。 石田は、縁の隅に新聞反古の上に、裏と裏とを合せて上げてあった麻裏を取って、庭に卸して、縁から降り立った。 花壇のまわりをぶらぶら歩く。庭の井戸の石畳にいつもの赤い蟹のいる・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫