・・・そうして皆に、はきはきした口調で挨拶して、末席につつましく控えていたら、私は、きっと評判がよくて、話がそれからそれへと伝わり、二百里離れた故郷の町までも幽かに響いて、病身の老母を、静かに笑わせることが、出来るのである。絶好のチャンスでは無い・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私も、いちど軍服のT君と逢って三十分ほど話をした事がある。はきはきした、上品な青年であった。明日いよいよ戦地へ出発する事になった様子である。その速達が来てから、二時間も経たぬうちに、また妹から速達が来た。それには、「よく考えてみましたら、先・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ しかしお絹ははきはきしなかった。お芳とその連れが来たときのことも考えているらしかった。やがて座を立っていったが、幕があいた時分にやっとかえってきた。「ここの電話じゃ急のことには埒があかないから、わたしお隣の緑軒でかけてきましたわ」・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・目が見えて態度のはきはきした女は少年の頃から決して太十の相手ではなかった。太十もそれは知って居る。知って居るというより諦めて居た。それより猶お女のつれないということが彼には当然のことなのでそれを格別不足に思うということはなくなって居たのであ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・それをカムパネルラが忘れる筈もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・(じゃぃ、はきはきど返事せじゃ。何でぁ、あたな人形こさ奴おみちはさぁっと青じろくなってまた赤くなった。(ええ糞そのつら付嘉吉はまるで落ちはじめたなだれのように膳を向うへけ飛ばした。おみちはとうとううつぶせになって声をあげて泣き出・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・ 楽器屋や本屋の取次が、はきはきして居ないのはほんとうに気持が悪いと思う。 早口で云われるとききとれない様な頭では駄目じゃあないかと思ったりして居ると、母が寿江子の頭がひどいから来て見ろと云う。 ほんとにまあ可哀そうに、頭の地一・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・ 始めて彼の女を□(けた女、今までに一辺も見た事のないような張の有る、力のみちみちた、はきはきした口振の彼の女を見てどんなによろこんだ事だろう。 それから、妙なわけになって居るが段々その力つよさと男気の有るのが消え始めた。それでも私・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・同じように白い息をはきはき、大勢の男や女が勤めへ向って急ぎ足で歩いている。 今朝は、いつもと違って郵電省の立派な入口に、幾条もの赤旗が飾られている。勢いよく走ってくる電車の屋根に、赤い小旗がヒラヒラしている。 どの女も、今日はどこや・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・気性もはきはきしているらしい。これが石田の気に入った。 二三日置いてみて、石田はこれに極めた。比那古のもので、春というのだそうだ。男のような肥後詞を遣って、動作も活溌である。肌に琥珀色の沢があって、筋肉が締まっている。石田は精悍な奴だと・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫