・・・児を棄てる日になりゃア金の茶釜も出て来るてえのが天運だ、大丈夫、銭が無くって滅入ってしまうような伯父さんじゃあねえわ。「じゃあ何かいい見込でも立ってるのかエ。「ナアニ、ちっとも立ってねえのヨ。「どうしたらそういい気になっていられ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「よその伯父さんが連れに来たんだ」「どんな伯父さんが」「よその伯父さんだよ」と涙を啜る。 自分は深い谷底へ一人取残されたような心持がする。藤さんはにわかに荷物を纒めて帰って行ったというのである。その伯父さんというのはだいぶ年・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・長兄を、父と全く同じことに思い、次兄を苦労した伯父さんの様に思い、甘えてばかりいました。私が、どんなひねこびた我儘いっても、兄たちは、いつも笑って許してくれました。私には、なんにも知らせず、それこそ私の好きなように振舞わせて置いてくれました・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・アグリパイナは折しも朝の入浴中なりしを、その死の確報に接し、ものも言わずに浴場から躍り出て、濡れた裸体に白布一枚をまとい、息ひきとった婿君の部屋のまえを素通りして、風の如く駈け込んでいった部屋は、ネロの部屋であった。三歳のネロをひしと抱きし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・早く父母に死別し、親戚の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・それ以来、私はきょうまで、小説らしいものは一行も書きません。伯父のところに、わずかながら蔵書がありますので、時たま明治大正の傑作小説集など借りて読み、感心したり、感心しなかったり、甚だふまじめな態度で吹雪の夜は早寝という事になり、まったく「・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 姉の左腕の傷はまだ糸が抜けず、左腕を白布で首に吊っている。義兄は、相変らず酔っていて、「おもて沙汰にしたくねえので、きょうまであちこち心当りを捜していたのが、わるかった。」 姉はただもう涙を流し、若い者の阿呆らしい色恋も、ばか・・・ 太宰治 「犯人」
・・・須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、とうとう故郷の伯父が上京し、警察のものが中にはいり、さちよは伯父と一緒に帰郷しなければならなくなった。謂わば、廃残の身である。三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹す・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・テエブルの白布も、テエブルのうえの草花も、窓のそとの流れ去る風景も、不愉快ではない。僕はぼんやりビイルを呑む。」「女にも一杯ビイルをすすめる。」「いや、すすめない。女には、サイダアをすすめる。」「夏かね?」「秋だ。」「た・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤーコブ・アインシュタインに、代数学とは一体どんなものかと質問した事があった。その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知ってい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫