・・・ そらと思って弾き出したかと思うといきなり楽長が足をどんと踏んでどなり出しました。「だめだ。まるでなっていない。このへんは曲の心臓なんだ。それがこんながさがさしたことで。諸君。演奏までもうあと十日しかないんだよ。音楽を専門にやってい・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・天の川もそらの井戸も鷲の星や琴弾きの星やみんなはっきり見えます。小さく小さく二人のお宮も見えます。「チュンセさん。すっかり空が見えます。私らのお宮も見えます。それだのに私らはとうとうひとでになってしまいました。」「ポウセさん。もう仕・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・手首を下げた弾きかたで弾くことを教った。そのうち或る晩、本郷切通しの右側にあった高野とか云う楽器店で、一台のピアノを見た。何台も茶色だの黒だののピアノがある間にはさまって立っていたそのピアノは父と一緒に店先で見たときはそれほどとも思わなかっ・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・なるものだけが純潔なのではなくて、すべての不正とすべての間違いと、すべての汚れの中から、人間が自分の社会認識の力と人間性の油でそれらの汚れを弾きとばしながら生きていく、そこに純潔性があると思う。 純潔ということが、異性の間の肉体的な関係・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・ 肇は一寸考える様子をして、「そうですね、 はっきりはわかりませんけど、琴は自分で弾きます。 こんな事を云って篤と顔を見合わせて微笑んだ。「御自分で? 御師匠さん処へ行らっしゃるんですか?「いいえ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 一つの駅で、野天プラットフォームの砂利を黒靴で弾きとばしながらどっと女学生達が乗込んで来た。いかにも学年試験で亢奮しているらしく、争って場席をとりながら甲高な大きな声で喋り、「アラア、だって岡崎先生がそう云ってたよ、金曜日だってよ・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
活字となって雑誌に発表された処女作の前に、忘れることの出来ない、もう一つの小説がある。 私は小学校の一二年の頃から、うちにあった小さいオルガンを弾きおぼえ、五年生時分には自分の好きなのは音楽なのであろうと思っていた。と・・・ 宮本百合子 「行方不明の処女作」
・・・なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚から弾き戻されてしまうような心持がする。それを見ると、切角青山博士の詞を基礎にして築き上げた楼閣が、覚束なくぐらついて来るので、奥さんは又心配をし出すのであった。 ・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫