・・・どうかして君の生活をなりたたせたい、この活きた生活の流れの上に引きだしたいものといろいろと骨を折ったつもりだが、しかしこのごろになって、始めて、僕は君の本体なるものがどんなんか、少し解りかけた気がする。とにかく君の本体なるものは活きた、成長・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「私なんかには解りませんけど、後妻というものは特別に可愛いもんだといいますね。……後妻はどうしても若くもあるし、……あなたも私とあのようになっていたら、今ごろは若い別嬪の後妻が貰えてよかったんでしょうに」「そうしたもんかもしれんな。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と言って暫し瞑目していましたが、やがて「解りました。悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死にます」と仰臥した胸の上で合掌しました。其儘暫く瞑目していましたが、さすが眼の内に涙が見えました。それを見ると私は「ああ、可愛想な事を言うた」と思い・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・口に出しますと『小妹は何故こんな世の中に生きているのか解らないのよ』と少女がさもさも頼なさそうに言いました、僕にはこれが大哲学者の厭世論にも優って真実らしく聞えたが、その先は詳わしく言わないでも了解りましょう。「二人は忽ち恋の奴隷と・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・私は口惜いことよ、よく解りもしないことを左も見て来たように言いふらしてさ。」「私だって口惜いと思わないことはないけエど、あんな人達が彼是れ言うのも尤ですよ、貴姉……祖母さんね…」とお秀は口籠った、そしてじっとお富の顔を見た目は湿んで・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・桂は顔を挙げて小供に解りやすいようにこの大発明家のことを話して聞かし、「坊様も大きくなったらこんな豪い人におなりなさいよ」といった。そうすると婦人が「失礼ですけれど」といいつつ二十銭銀貨を手渡して立ち去った。「僕はその銀貨を費わないでま・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを心配の代りに得て、大風の吹いた後の心持で、主客の間の茶盆の位置をちょっと直しながら、軽く頭を下げて、「イエもう、業の上の工夫に惚げていたと解りますれば何のこともございません。ホン・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ とまた弟はおげんに言って見せて、更に言葉をつづけて、「姉さんも今度出ていらしって見て、おおよそお解りでしょう。直さんの家でも骨の折れる時ですよ。それは倹約にして暮してもいます。そういうことを想って見なけりゃ成りません。私も東京に自・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「どうも先生の朝顔はむずかしくッて、私にはまだよく解りません」と高瀬は笑いながら言った。「町の方でポツポツ見に来て下さる方もあります……好きな人もあるんですネ……しかし私はまだ、この土地にはホントに御馴染が薄い……」 学士は半ば・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・の仮面をつけた男と、それから三十四、五の痩せ型の綺麗な奥さんと二人連れの客が見えまして、男のひとは、私どもには後向きに、土間の隅の椅子に腰を下しましたが、私はその人がお店にはいってくると直ぐに、誰だか解りました。どろぼうの夫です。 向う・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫