・・・へ特筆大書すべき始末となりしに俊雄もいささか辟易したるが弱きを扶けて強きを挫くと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむず・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおしまいだ。今に春が来る。そして春になればまた為事がある。」 この群の跡から付いて来た老人は今の青年の叫声を聞くや否や、例の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・たかが熊本君ごときに、酒を飲む人の話は、信用できませんからね、と憫笑を以て言われても、私には、すぐに撥ね返す言葉が無い。冷水摩擦を毎日やっていると言ってみたところで、それがこの場合、どうなるというものでもない。つまらない事を口走ったものであ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 来たな、とがばと跳ね起き、「とおして呉れ。」 電燈が、ぼっと、ともっていた。障子が、浅黄色。六時ごろでもあろうか。 私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それか・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 赤白マダラの犬は、主人の呼声を知らぬふりで飛び跳ねながら、並樹土堤から、今度は一散に麦畑の中へ飛び込んで来た。麦の芽は犬に踏みにじられて無惨に、おしひしゃがれ、首を折って跳ねちらかされた。 そんとき、善ニョムさんは、気がついてびっ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に跳ね上ったぐらい強烈な影響は有史以来まだ受けていなかったと云うのが適当でしょう。日本の開化はあの時から急劇に曲折し始めたのであります。また曲折しなければならないほどの衝動を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・茶碗の底を見ると狩野法眼元信流の馬が勢よく跳ねている。安いに似合わず活溌な馬だと感心はしたが、馬に感心したからと云って飲みたくない茶を飲む義理もあるまいと思って茶碗は手に取らなかった。「さあ飲みたまえ」と津田君が促がす。「この馬はな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 鍬は音を立てないように、しかしめまぐるしく、まだ固まり切らない墓土を撥ね返した。 安岡の空な眼はこれを見ていた。彼はいつの間にか陸から切り離された、流氷の上にいるように感じた。 深谷は何をするのだろう? そんなにセコチャンと親・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・メリケン粉の袋のようなズボンの一方が、九十度だけ前方へ撥ね上った。その足の先にあった、木魚頭がグラッと揺れると、そこに一人分だけの棒を引き抜いた後のような穴が出来た。「同志! 突破しろ……」 少年が鋭く叫んだ。と同時に彼の足は小荷物・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫