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・・・ 姉娘が、母の手許からすりぬけて来た末子を、「坊やちゃん、ここよ」と自分の前に立たす。パチン。 男の子はすぐ歩き出して、写生している傘の中を覗いた。紙の上と実物の雁来紅の植込みとを、幾度も幾度も見較べた揚句、些か腑に落ちぬ顔・・・
宮本百合子
「百花園」
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・・・ ようよう六歳になる末子の初五郎は、これも黙って役人の顔を見たが、「お前はどうじゃ、死ぬるのか」と問われて、活発にかぶりを振った。書院の人々は覚えず、それを見てほほえんだ。 この時佐佐が書院の敷居ぎわまで進み出て、「いち」と呼んだ。・・・
森鴎外
「最後の一句」