・・・スタンドに並んで作家の口から、君アンナ・カレーニナの競馬の場面読んだ? しかしあれでもないよ、どうも競馬を本当に描写した文学はないね、競馬は女より面白いのにね、僕は競馬場へ女を連れて来る奴の気が知れんのだ、競馬があれば僕はもう女はいらんね、・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・そこで、小説では場面場面の描写を簡略にし、年代記風のものを書きたいと思い、既に二作目の「雨」でそれをやった。してみれば、私の小説は、すくなくともスタイルは、戯曲勉強から逆説的に生れたものであると言えるだろう。私の小説の話術は、戯曲の科白のや・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・いつもの癖で、不愉快な場面を非人情に見る、――そうすると反対におもしろく見えて来る――その気持がものになりかけて来た。 下等な道化に独りで腹を立てていた先ほどの自分が、ちょっと滑稽だったと彼は思った。 舞台の上では印度人が、看板画そ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・私はそんな言葉を捜し出したとき、直ぐそれを相手に投げつける場面を想像するのですが、この場合私にはそれが出来ませんでした。その婦人、その言葉。この二つの対立を考えただけでも既に惨酷でした。私のいら立った気持は段々冷えてゆきました。女の人の造作・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・んからはいつも少し人の好過ぎるやや腹立たしい印象をうけていたのであるが、それはそのお婆さんがまたしても変な笑い顔をしながら近所のおかみさんたちとお喋りをしに出て行っては、弄りものにされている――そんな場面をたびたび見たからだった。しかしそれ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・妙なものでこう決定ると、サアこれからは長谷川と高山の競争だ、お梅さんは何方の物になるだろうと、大声で喋舌る馬面の若い連中も出て来た。 ところで大津法学士は何でも至急に結婚して帰京の途中を新婚旅行ということにしたいと申出たので大津家は無論・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 毎日々々が同じな、長い/\退屈な独房で、この仕草の繰り返えしは一日の行事のうちで、却々重要な場面をしめている。ある同志たちが長い間かゝって、この壁の打ち方から自分の名前を知らせあったり、用事を知らせあって連絡をとったときいたことがある・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・原文も、この辺から、調子が落ちて、決闘の場面の描写ほど、張りが無いようであります。それは、その訳です。今迄は、かの流行作家も、女房の行く跡を、飢餓の狼のようについて歩いて、女房が走ると自分も走り、女房が立ちどまると、自分も踞み、女房の姿態と・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・髭をはやした立派な男が腹をへらして、めしを六杯食うという場面であった。喜劇の大笑いの場面のつもりらしかったけれども、男爵には、ちっともおかしくなかった。男がめしを食う。お給仕の令嬢が、まあ、とあきれる。それだけの場面を二十回以上も繰りかえし・・・ 太宰治 「花燭」
・・・けれども、君に対しては、常に僕の姿を出して語らなければ場面にならないのだ。君は、長沢伝六と同じように――むろん、あれほどひどくはないが、けれども、やっぱり僕の価値を知らない。君は、僕の『つぼ』をうったことは曾つてないのだ。倉田百三か、山本有・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫