・・・赤がばらばらと駈けて行くのを見て左の方へ歩いて行くと赤は暫く経って呼吸せわしく太十を求めて駈けて来る。こういう悪戯を二度も三度も繰り返して居る太十の姿を時として見ることがある。赤は煎餅が好きであった。赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・いうものもできようし、朝の七時からは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今日は少し早く切り上げて寄席へ行くとか、あるいは今日は朝出がけに酒を飲むんだとか各々勝手な事を、ばらばらに行動されてはせっかく一箇月でで・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・その端の所は藁を少し編残して、房のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。 大将は篝火で自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参し・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまうんでしょう。」「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」「あたしもよ。今までいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。ゆる・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・僕たちの仕事はもう済んだんです」「こわかありませんか」「いいえ、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりでいっぱいですよ。僕たちばらばらになろうたって、どこかのたまり水の上に落ちようたって、お日さんちゃんと見ていらっしゃる・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・まったく個人的にまもられ、まったく個人の努力で営まれているわれわれの一つ一つの家庭、しかも戦争の間暴力的な権利でそれをちりぢりばらばらに壊されてしまっていた家庭、それを今日インフレーションの中で再建してゆく努力は、男も女も互にくらべてみれば・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・と、いたずらにあれやこれやをちりぢりばらばらに認識し、それをかき集めたところで作品は書けない。われわれの努力は、より強固にされ、明確にされた政治性――党派性によって客観的に現実を理解し、文学運動においてつかむべき当面の環をはっきり知り、それ・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・頭の上へは火の子がばらばら落ちて来る。りよは涙ぐんで亀井町の手前から引き返してしまった。内へはもう叔父が浜町から帰って、荷物を片附けていた。 浜町も矢の倉に近い方は大部分焼けたが、幸に酒井家の添邸は焼け残った。神戸家へ重々世話になるのは・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・すると、自分が棺を造っているのだと云うことも忘れて了って、だんだん加わって来る気持良い興奮の中に、間もなく彼は三つの箱をばらばらの板切れにして了った。そして、一時間の後には旭の紋の浮き上った四角い大きな箱棺が安次の小屋へ運ばれていた。・・・ 横光利一 「南北」
・・・一面に詰った黒い活字の中から、青い焔の光線が一条ぶつと噴きあがり、ばらばらッと砕け散って無くなるのを見るような迅さで、梶の感情も華ひらいたかと思うと間もなく静かになっていった。みな零になったと梶は思った。「あら、これは栖方さんだわ。とう・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫