・・・野上さんの謡の先生に、尾上さんという方があって素晴らしい謡だから一遍きかせたいと、招ばれたのです。謡は謡ですんで、内田さん、芥川さん、互に恐ろしくテムポの速い、謂わば河童的――機智、学識、出鱈目――会話をされた。どんな題目だったかちっとも覚・・・ 宮本百合子 「田端の坂」
・・・ 紫の様に見える濃い髪は形のいい島田に結ばれて長目な顔にほど良い美くしさをそえて居る。 お召のあらい縞の着物に縮緬のうすい羽織をようやっと止まって居る様に着て背が高い帯の形をコンモリと浮き出させていつもよりは倍も倍も美くしくすなおら・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・並んで居る順に一番池二番池と呼ばれ、三番池は近頃まで三つの中で、一番美くしい、清げな池であった。四五年前から、この村と町との間に水道を設ける事の計画が一番池が有るために起って居た。 町方から小半里の間かなりの傾斜を持って此村は高味にある・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 彼は晴ればれした心持で、可愛い連れの身繕いを手助(ってやったり、羽根をしごく次第に一寸強く引っぱって見たり、擽って見たりした。 二羽は充分めかし込んだ。 出来る丈美くしくなった。 そして又、意気揚々と歩き出したのである。・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・否、普通日本人と呼ばれている多数のものの平凡で苦労の多い実生活の裡にこの二面はどんな形で、どんな有機性で渾然とし得ているのか。一九三六年におけるツァラアの日本についての質問の実体は至って複雑であり得るのである。 そもそも、作家としての、・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ それで若夫婦は仲よく暮していたところが、ふと聞けば新田義興が足利から呼ばれて鎌倉へ入るとの噂があるので血気盛りの三郎は家へ引き籠もって軍の話を素聞きにしていられず、舅の民部も南朝へは心を傾けていることゆえ、難なく相談が整ってそれから二・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・は石清水物語と呼ばれている部分で、信玄や老臣たちの語録である。これは古老の言い伝えによったものらしいが、非常におもしろい。は軍法の巻で、何か古い記録を用いているであろう。は公事の巻で、裁判の話を集録しているが、文章はに似ている。は将来軍記で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫