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・・・生憎風がぱったり歇んでいて、岸に生えている葦の葉が少しも動かない。向河岸の方を見ると、水蒸気に飽いた、灰色の空気が、橋場の人家の輪廓をぼかしていた。土手下から水際まで、狭い一本道の附いている処へ、かわるがわる舟を寄せて、先ず履物を陸へ揚げた・・・
森鴎外
「百物語」
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・・・ 金槌や手斧の音がぱったりやんだ。時計を出して見れば、なるほど五時になっている。約束の時刻までには、まだ三十分あると思いながら、小さい卓の上に封を切って出してある箱の葉巻を一本取って、さきを切って火をつけた。 不思議なことには、渡辺・・・
森鴎外
「普請中」