・・・ 本をひろげて冕の図や日蔭のかずらの編んである図などを見た。それについてまた簡単な趣味と複雑な趣味との議論が起った。 夜が更けて熱がさめたので暇乞して帰途に就いた。空には星が輝いて居る。 夜は見るものがないので途が非常に遠いよう・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・第一おらの畑ぁ日影にならな。」 虔十は顔を赤くして何か云いたそうにしましたが云えないでもじもじしました。 すると虔十の兄さんが、「平二さん、お早うがす。」と云って向うに立ちあがりましたので平二はぶつぶつ云いながら又のっそりと向う・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・藪だ。日陰だ。山吹の青いえだや何かもじゃもじゃしている。さきに行くのは大内だ。大内は夏服の上に黄色な実習服を着て結びを腰にさげてずんずん藪をこいで行く。よくこいで行く。急にけわしい段がある。木につかまれ木は光る。雑木は二本雑木が光る。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・第一の精霊 サテサテマア、何と云うあったかな事だ、飛切りにアポロー殿が上機嫌だと見えるワ。日影がホラ、チラチラと笑って御ざる。第二の精霊 アポロー殿が上機嫌になりゃ私共までいや、世の中のすべてのものが上機嫌じゃがその中にたっ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ぽっくりと一人白い軽い外套を羽織った女がその海岸通の並木路の日蔭の間に立って片手を高くあげながらむこうを通ってゆく汽船に挨拶を送っている。 カメラは高い高い左手の上からその光景を俯瞰している。近い屋根屋根の波の面白さ、それから段々と低く・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ 二月十六日 春の日影 Feb. 23rd.巨大な砂時計の玻璃の漏斗から刻々をきざむ微かな砂粒が落るにつれ我工房の縁の辺ゆるやかに春の日か・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・室内の高い長押にちらちらする日影。時計の眩ゆい振子の金色。縁側に背を向け、小さな御飯台に片肱をかけ、頭をまげ、私は一心に墨を磨った。 時計のカチ、カチ、カチカチいう音、涼しいような黒い墨の香い。日はまあ何と暖かなのだろう。「ああちゃ・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・るで未知未見な生活に身を投じて、辛い辛い思いで自分を支えて行かなければならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに遺っている過去の、殆ど習性にさえ成った日蔭の依頼主義の底力に押されて、非常に微・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・を経て「日蔭の村」を描きやがてこの「結婚の生態」を書くにいたった今日までの足どりは、一個の男が世相の間に次から次へと押し流されつつある跡として、そこに惨憺たるものがある。「蒼氓」はおそらくこの作者が文学としていいものを書きたいと欲して力・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・農家の防風林で日陰になっている畑の畔などにはしばしば見かける。散歩のついでにそれを取って来て庭に植えたこともあるが、それはいつのまにか消滅してしまった。杉苔を育てるのはむずかしいと承知しているから、二度とは試みなかった。ところが五、六年前、・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫