チェホフやウェルサーエフや、現代ではカロッサ、これらの作家たちが医師であって同時に作家であったことは、彼等にとって比類のない仕合わせ、人類にとっては一つの慰安となっている。 彼等はいずれもそれぞれの時代、それぞれの形で・・・ 宮本百合子 「彼等は絶望しなかった」
・・・それは、この地球上には世界に比類ない大きい規模で諸芸術を花咲かせ、作家の経済的安定の問題から、住居・健康のことまで具体的な考慮をはらい得る国家が現実に存在していること、そして、そこでは山本有三が松本前警保局長と対談したとは全く異った内容性質・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・これは勤勉の根に注ぐ比類のない滋液です。使者 それから、申すも楽しいのは、今朝一人の幼児が、母の懐に抱かれながら太陽を仰見て、からからと笑いました。傍にいた男女や年寄も、同じ方を見上げてほほえみました。イオイナ おお、嬉しいことの二・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・自分を胎のうちから愛し育てて呉れた者と云うつきない愛、信頼によって、他に比類ない深甚な友愛によって結ばれた横の関係となるのです。何歳になっても、親子、と云うやや階級的な段ではありません。もう、親は親の信念、子は子の信念で生活すべきもの、そし・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 比類なく自由だったと思われているギリシア市民が、彼等の伝説の中で、なぜイカルスやプロメシウスのように雄々しく、若く美しい冒険者たちを、黒髯のジュピターの怒りのもとに無抵抗にさらさなければならなかったのだろう。ギリシアの諸都市が、奴隷を・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・ もうここまで漕ぎ付ければ、後はひとりでに自分の懐に入って来るほかないいくらかの土地を思うと、優勝の戦士がやがて来る月桂冠を待つときのような心持にならざるを得なかった。 比類ない自分の精力と手腕をもってすれば、こんな相手を斃したこと・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・彼女は比類のない婦人事務家としてフィールド銀行に持っていた地位を惜しげもなくすて、子供達を自分で見て行く決心をしたのです。彼女は、女性の理屈のない執着強さ、一つものを見始めると傍を見られない偏狭さを日頃から嫌っていました。彼女にとって職業を・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・母はマリア、叔母、ジナという従姉、祖父、「天使のように比類ない」家庭医ルシアン・ワリツキイ、侍女などを連れ、ロシアを去って、フランスに暮すようになった。マリアは少女時代を南フランスのニースで育った。当時ロシアの貴族はフランス語を社交語として・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならば、それも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なり・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならばそれも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なり・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫