・・・僕は妙に疲労しながら、当然僕等の間に起る愛蘭土の作家たちの話をしていた。しかし僕にのしかかって来る眠気と闘うのは容易ではなかった。僕は覚束ない意識の中にこう云う彼の言葉を聞いたりした。「I detest Bernard Shaw.」・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・その詩も一々覚えているが、今は披露する必要もあるまい。それより君に聞いて貰いたいのは、そう云う月明りの部屋の中に、たった一人坐っていた、玉人のような女の事だ。僕はその女を見た時ほど、女の美しさを感じた事はない。」「有美閨房秀 天人謫降来・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・坊ちゃんも、――坊ちゃんは小径の砂利を拾うと、力一ぱい白へ投げつけました。「畜生! まだ愚図愚図しているな。これでもか? これでもか?」砂利は続けさまに飛んで来ました。中には白の耳のつけ根へ、血の滲むくらい当ったのもあります。白はとうと・・・ 芥川竜之介 「白」
たね子は夫の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。「あたしも出なければ悪いでしょうか?」「それは悪いさ。」 夫はタイを結びながら、鏡の中のた・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・が、大御所吉宗の内意を受けて、手負いと披露したまま駕籠で中の口から、平川口へ出て引きとらせた。公に死去の届が出たのは、二十一日の事である。 修理は、越中守が引きとった後で、すぐに水野監物に預けられた。これも中の口から、平川口へ、青網をか・・・ 芥川竜之介 「忠義」
一 レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。上り列車に間に合うかどうか・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 父は例の手帳を取り出して、最近売買の行なわれた地所の価格を披露しにかかると、矢部はその言葉を奪うようにだいたいの相場を自分のほうから切り出した。彼は昨夜の父と監督との話を聞いていたのだが、矢部の言うところはけっしてけたをはずれたような・・・ 有島武郎 「親子」
・・・しかしやがて疲労は凡てを征服した。死のような眠りが三人を襲った。 遠慮会釈もなく迅風は山と野とをこめて吹きすさんだ。漆のような闇が大河の如く東へ東へと流れた。マッカリヌプリの絶巓の雪だけが燐光を放ってかすかに光っていた。荒らくれた大きな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
B おい、おれは今度また引越しをしたぜ。A そうか。君は来るたんび引越しの披露をして行くね。B それは僕には引越し位の外に何もわざわざ披露するような事件が無いからだ。A 葉書でも済むよ。B しかし今度のは葉書では済まん。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・小樽の人はそうでない、路上の落し物を拾うよりは、モット大きい物を拾おうとする。あたりの風物に圧せらるるには、あまりに反撥心の強い活動力をもっている。されば小樽の人の歩くのは歩くのでない、突貫するのである。日本の歩兵は突貫で勝つ、しかし軍隊の・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
出典:青空文庫