・・・深夜、裸形で鏡に向い、にっと可愛く微笑してみたり、ふっくらした白い両足を、ヘチマコロンで洗って、その指先にそっと自身で接吻して、うっとり眼をつぶってみたり、いちど、鼻の先に、針で突いたような小さい吹出物して、憂鬱のあまり、自殺を計ったことが・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・それでも竜騎兵中尉は折々文士のいる卓に来て、余り気も附けずに話を聞いて、微笑して、コニャックをもう一杯呑んで帰ることがある。 これが銀行員チルナウエルの大事件に出逢う因縁になったのである。チルナウエルはいつか文士卓の隅に据わることを許さ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・私は昔の日本の蘭学者のエレキテルなどというような言葉を思い出して覚えず微笑せずにはいられなかった。それから若干の単語の正しい発音を教えてやったりしたが、しかしこれはかえって教えたり正したりしないでそのままに承認してやった方がよいのではないか・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・それが一つの有機体であるところの身体の全部にたとえ微少でもなんらかの影響のないはずはなさそうである。 それがある病気にどれだけきくかはまた別問題であるがそれは立派に一つの研究問題になる事であり、そうしてまさに日本の医者生理学者の研究すべ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・いじな五体も不断にこの弾丸のために縦横無尽に射通されつつあるのは事実で、しかも一平方センチメートルごとに大約毎分一個ぐらいの割合であるから、たとえば頭蓋骨だけでも毎分二三百発、一昼夜にすれば数十万発の微小な弾丸で射通されている。それだのに、・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・もっとも、人間にでもきわめて微量な金属が非常に必要なものであるということは、近頃だんだんに分かりかけて来ているようではあるが、しかしそれは食物全体に対して10のマイナス何乗というような微少な量である。この虫のように自分の体重の何倍もある金属・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・これが冬期だといったいの水温がずっと低いために悪いガスなどの発生も微少だから害はないであろう。これは想像である。 それにしても同じ有害な環境におかれた三尾のうちで二つは死んで一つは生き残るから妙である。 水雷艇「友鶴」の覆没の悲惨事・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・すなわちかりにここに微小な人間があって物質分子の間に立ち交じり原子内のエレクトロンの運動を目睹しているがその視力は分子距離以外に及ばぬと想像する。このような人間の力学が吾人のと同様であれば吾人の原子的現象の説明は比較的容易であろうが、実際素・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・無限にあるべきはずの残余の項の効果が微小となるのは、あながち最初に出した簡単な級数のようになるというのではない。彼の級数は収斂の仕方の遅いものである。ここで云う残余の項は多くはもっと速やかに急に収斂するのである。また一つ忘れてならぬ事はこれ・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・そしてこれらの第二次的影響の微少なる限り近似的に適用するものである。それでこの種の方則は具体的事象の中から抽象によって取り出された「真」の宣言であって、それが真なるにもかかわらず、実際に日常目撃する現象その物の表示ではない。 優れた観察・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
出典:青空文庫