・・・どこからどこまで大雨のあとのようにびしょびしょなので、ぞうりがすぐ重くなって足のうらが気味悪くぬれてしまった。 離れに行ったら、これがおばあさまか、これがおとうさんか、おかあさんかとおどろくほどにみんな変わっていた。おかあさんなんかは一・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・麝香入の匂袋ででもある事か――坊は知るまい、女の膚身を湯で磨く……気取ったのは鶯のふんが入る、糠袋が、それでも、殊勝に、思わせぶりに、びしょびしょぶよぶよと濡れて出た。いずれ、身勝手な――病のために、女の生肝を取ろうとするような殿様だもの…・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・坊主様も尼様も交ってよ、尼は大勢、びしょびしょびしょびしょと湿った所を、坊主様は、すたすたすたすた乾いた土を行く。湿地茸、木茸、針茸、革茸、羊肚茸、白茸、やあ、一杯だ一杯だ。」 と筵の上を膝で刻んで、嬉しそうに、ニヤニヤして、「初茸・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
一 愉快いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ出て遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨の降るなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行くのは猪だ。 菅笠を目深に被って、※ッて、せッついても・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・この、しょびたれた参詣人が、びしょびしょと賽銭箱の前へ立った時は、ばたり、ばたりと、団扇にしては物寂しい、大な蛾の音を立てて、沖の暗夜の不知火が、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広い掌で煽ぎ煽ぎ、二三挺順に消していたのである。「ええ、」・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ べそかくばかりに眉を寄せて、「牡丹に立った白鷺になるよりも、人間は娑婆が恋しかんべいに、産で死んで、姑獲鳥になるわ。びしょびしょ降の闇暗に、若い女が青ざめて、腰の下さ血だらけで、あのこわれ屋の軒の上へ。……わあ、情ない。……お救い・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・小児もびしょびしょと寂しく通る。天地この時、ただ黒雲の下に経立つ幾多馬の子ほどのお犬あり。一つずつかわるがわる吠ゆる声、可怪しき鐘の音のごとく響きて、威霊いわん方なし。 近頃とも言わず、狼は、木曾街道にもその権威を失いぬ。われら幼き時さ・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 今しがた一時、大路が霞に包まれたようになって、洋傘はびしょびしょする……番傘には雫もしないで、俥の母衣は照々と艶を持つほど、颯と一雨掛った後で。 大空のどこか、吻と呼吸を吐く状に吹散らして、雲切れがした様子は、そのまま晴上りそうに・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ その前晩私はやはり憂鬱に苦しめられていました。びしょびしょと雨が降っていました。そしてその音が例の音楽をやるのです。本を読む気もしませんでしたので私はいたずら書きをしていました。その Waste という字は書き易い字であるのか――筆の・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・将の鬚を片方切り落したり、銃持つ兵隊の手を、熊の手みたいに恐ろしく大きく切り抜いたり、そうしていちいち私に怒鳴られ、夏のころであった、お慶は汗かきなので、切り抜かれた兵隊たちはみんな、お慶の手の汗で、びしょびしょ濡れて、私は遂に癇癪をおこし・・・ 太宰治 「黄金風景」
出典:青空文庫