・・・ アワレ美事! ト屋根ヤブレルホドノ大喝采、ソレモ一瞬ノチニハ跡ナク消エル喝采、ソレガ、ホシクテ、ホシクテ、一万円、二万円、モットタクサン投資シタ。昔、昔、ギリシャ詩人タチ、ソレカラ、ボオドレエル、ヴェルレエヌ、アノ狡イ爺サンゲエテ閣下・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・友は中庭の美事なる薔薇数輪を手折りて、手土産に与えんとするを、この主人の固辞して曰く、野菜ならばもらってもよい。以て全豹を推すべし。かの剣聖が武具の他の一切の道具をしりぞけし一すじの精進の心と似て非なること明白なり。なおまた、この男には当分・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・やっぱり、ふたりの黒い老人のからだに、守られて、たからもののように美事に光って、じっとしている。 あの少女は、よかった。いいものを見た、とこっそり胸の秘密の箱の中に隠して置いた。 七月、暑熱は極点に達した。畳が、かっかっと熱いので、・・・ 太宰治 「美少女」
・・・私の家にも、美事な鮎を、お土産に持って来てくれた。伊豆のさかなやから買って来たという事を、かれは、卑怯な言いかたで告白した。「これくらいの鮎を、わけなく釣っている人もあるにはあるが、僕は釣らなかった。これくらいの鮎は、てれくさくて釣れるもの・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・こういう犯罪が三郎の嘘の花をいよいよ美事にひらかせた。ひとに嘘をつき、おのれに嘘をつき、ひたすら自分の犯罪をこの世の中から消し、またおのれの心から消そうと努め、長ずるに及んでいよいよ嘘のかたまりになった。 二十歳の三郎は神妙な内気な青年・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ ラプンツェルの髪の毛は、婆さんに毎日すいてもらっているお蔭で、まるで黄金をつむいだように美事に光り、脚の辺まで伸びていました。顔は天使のように、ふっくりして、黄色い薔薇の感じでありました。唇は小さく莓のように真赤でした。目は黒く澄んで・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
どうも、みんな、佳い言葉を使い過ぎます。美辞を姦するおもむきがあります。鴎外がうまい事を言っています。「酒を傾けて酵母を啜るに至るべからず。」 故に曰く、私には好きな言葉は無い。・・・ 太宰治 「わが愛好する言葉」
およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いて・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる美辞を連ねるだけであるからせっかくの現実映画の現実性がことごとく抜けてしまって、ただおとぎ話の夢の国の光景のようなものになってしまうだけである。 もう少し観客を子供・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・踵にゴムの着いた、編上げの恰好のいい美事なのであった。少なくも私の知っている知識階級の家庭の子供の七十プロセント以上はこれよりもずっと悪いか、あるいは古ぼけた靴をはいているような気がする。 四 馬が日射病にか・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫