・・・そしてその服地の匂いが私の寂寥を打ったとき、何事だろう、その威厳に充ちた姿はたちまち萎縮してあえなくその場に仆れてしまった。私は私の意志からでない同様の犯行を何人もの心に加えることに言いようもない憂鬱を感じながら、玄関に私を待っていた友達と・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・銃のさきについていた剣は一と息に茶色のちぢれひげを持っている相手の汚れた服地と襦袢を通して胸の中へ這入ってしまった。相手はぶくぶくふくれた大きい手で、剣身を掴んで、それを握りとめようとした。同時に、ちぢれた鬚を持った口元を動かして何か云おう・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・それはアメリカの若い大学生や勤労婦人たちは特にそういう人々の生活にふさわしい、よく洗濯のきく丈夫な、色のさめないように特別な染料で染めた服地を持っているということが書かれていました。このことはたった二行か三行の記事であったけれども、わたした・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ 赤羅紗服地の見本みたいに念の入った恰好をした英国の兵士達が剣がわりの杖を小脇に挾みながら人通の繁いハイド・パアク・コオナアで横目を使った。そこでは乗合自動車を降りるとその足で真直「婦人用」と札の下った公園の鉄柵中へ行く女は大勢ある。・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫