・・・抑々小説は浮世に形われし種々雑多の現象の中にて其自然の情態を直接に感得するものなれば、其感得を人に伝えんにも直接ならでは叶わず。直接ならんとには摸写ならでは叶わず。されば摸写は小説の真面目なること明白なり。夫の勧懲小説とは如何なるものぞ。主・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・剰え、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて、漸と本屋を納得させるような有様であったから、是れ取りも直さず、利のために坪内さんをして心にもない不正な事を為せるんだ。即ち私が利用するも同然である。のみならず、読者に対してはど・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ええ、こうなる上は区々たる浮世の事に乱されずに、何日もお前の糸の音を聞いてお前の側にいるも好かろう。己を死に導いてくれるなら己は甘んじて跟いて行こう。今までの己は生とはいっても真の生ではなかったから、己は今から己の死を己の生にして見よう。死・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・むねに万巻のたくはへなく心は寒く貧くして曙覧におとる事更に言をまたねば、おのづからうしろめたくて顔あからむ心地せられぬ、今より曙覧の歌のみならで其心のみやびをもしたひ学ばや、さらば常の心の汚たるを洗ひ浮世の外の月花を友とせむにつきつきしかる・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろい・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・然し、性慾は、或は夫婦間の交接と云う事は、左様云うような不正な、根本的に暗黒と、否定と、堕落とを意味するものであろうか。 勿論、其にふける事は恐ろしい。其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・相当な注意をもって比較した結果、信用した店を買いつけにしているので、実験上の不正事実は思いあたりません。後ればせながら、御返事申上ます。〔一九二一年十一月〕 宮本百合子 「「小売商人の不正事実」について」
是非を超えた最後の手段として離婚は認めなければなりません。内外的原因によって過った結婚をし人間としてその異性との生活が、救済の余地無い程の破綻を生じた場合、より以上の不正、人格的堕落を防止する為には、強制的、又相互的離婚を・・・ 宮本百合子 「心ひとつ」
・・・ 昔の慈愛ふかい両親たちは、その娘が他家へ縁づけられてゆくとき、愈々浮世の波にもまれる始まり、苦労への出発というように見て、それを励したり力づけたりした。その時分苦労と考えられていたことの内容は、女はどうせ他家の者とならなければならない・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・では、この作者によって一二年前提唱された能動精神、行動主義の今日の姿として、実力養成を名とする現実への妥協、一般的父性の歓喜というようなものが主流としてあらわれて来ているのである。 青野季吉氏が、近頃『文学界』を中心としていわれている政・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
出典:青空文庫