・・・それは、普通のほたるよりも大きさが二倍もあって、頭には、二つの赤い点がついていましたが、色は、ややうすかったのであります。「大きなほたるだね。」と、兄はいいました。あまり大きいので、気味の悪いような感じもされたのであります。 二人は・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・ 三「実は、この間うちからどうもそんなような徴候が見えたから、あらかじめ御注意はしておいたのだが、今日のようじゃもう疑いなく尿毒性で……どうも尿毒性となると、普通の腎臓病と違ってきわめて危険な重症だから……どうです、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・それに普通の冷たやつやったら嘗めにくいけど行燈の奴は火イで温くめたアるによって、嘗めやすい。と、まあ、こんなわけだす。いまでも、栄養不良の者は肝油たらいうてやっぱり油飲むやおまへんか。それ考えたら、石油が肺に効くいうたことぐらいは、ちゃんと・・・ 織田作之助 「秋深き」
ある朝、一通の軍事郵便が届けられた。差出人はSという私の旧友からで、その手紙を見て、はじめて私はSが応召していることを知ったのである。Sと私は五年間音信不通で、Sがどこにどうしているやら消息すらわからなかったのである。つま・・・ 織田作之助 「面会」
・・・それからビールや酒や料理が廻って、普通の宴会になった。非常な盛会だ――誰しもこう思わずにはいられなかっただろう。 十一時近くなって、散会になった。後に残ったのは笹川と六人の彼の友だちと、それに会社員の若い法学士とであった。そして会計もす・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 食事は普通人程の分量は頂きました。お医者様が「偉いナー私より多いがナー」と言われる位で有りました。二十日ばかり心臓を冷やしている間、仕方が無い程気分の悪い日と、また少し気分のよい日もあって、それが次第に楽になり、もう冷やす必要も無いと・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・しかしその谷に当ったところには陰気なじめじめした家が、普通の通行人のための路ではないような隘路をかくして、朽ちてゆくばかりの存在を続けているのだった。 石田はその路を通ってゆくとき、誰かに咎められはしないかというようなうしろめたさを感じ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・国とは音信不通、東京にはもちろん、親族もなければ古い朋友もないので、種々さまざまのことをやって参りましたが、いつも女のことで大事の場合をしくじってしまいました。二十八になるまでには公然の妻も一度は持ちましたが半年も続かず、女の方から逃げてし・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 父の山気を露骨に受けついで、正作の兄は十六の歳に家を飛びだし音信不通、行方知れずになってしまった。ハワイに行ったともいい、南米に行ったとも噂させられたが、実際のことは誰も知らなかった。 小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入って・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
出典:青空文庫