・・・ 雨の降る日も、この黒塗りの馬車は駆けていきました。風の吹く日も、黒のシルクハットをかぶって燕尾服を着た皇子を乗せた、この馬車の幻は走っていきました。 お姫さまは、もう、どうしたら、いちばんいいであろうかと迷っていられました。「・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・するとじきまた、白いのがチラチラ降るようになるんだ。旅を渡る者にゃ雪は一番御難だ。ねえ君、こうして私のように、旅から旅と果しなしに流れ渡ってて、これでどこまで行着きゃ落着くんだろう。何とやらして空飛ぶ鳥は、どこのいずこで果てるやらって唄があ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・私は空を想った。降るような星空を想った。清浄な空気に渇えた。部屋のどこからも空気の洩れるところがないということが、ますます息苦しく胸をしめつけた。明けはなたれた窓にあこがれた。いきなりシリウス星がきらめいた。私ははっと眼をあけた。蜘蛛の眼が・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・の原稿で、主人公の淪落する女に、その女の魅力に惹きずられながら、一生を棒に振る男を配したのも、少しはこの時の経験が与っているのだろうか。けれど、私はその男ほどにはひたむきな生き方は出来なかった。彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・それには丁度先刻しがた眼を覚して例の小草を倒に這降る蟻を視た時、起揚ろうとして仰向に倒けて、伏臥にはならなかったから、勝手が好い。それで此星も、成程な。 やっとこなと起かけてみたが、何分両脚の痛手だから、なかなか起られぬ。到底も無益だと・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして電燈を点し、寝床を延べにかかった。 3 石田はある晩のことその崖路の方へ散歩の足を向けた。彼は平常歩いていた往来から教えられたはじめての路へ足を踏み入れたとき、いった・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・「雨が降るかもしれんで、ずっとなかへ引き込んでおいで」「はあ。ひき込んである」「吉峰さんのおばさんがあしたお帰りですかて……」信子は何かおかしそうに言葉を杜断らせた。「あしたお帰りですかて?」母が聞きかえした。 吉峰さん・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・身を切るような風吹きて霙降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早く閉めて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉なく堅い男ゆえ炬燵へ潜って寝そべるほどの楽もせず火鉢を控えて厳然と座り、煙草を吹かしながらしきりに首をひねるは句を案ずるなりけり。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 弁公はほおばって首を縦に二三度振る。「そして出がけに、飯もたいてあるから勝手に食べて一日休めと言え。」 弁公はうなずいた、親父は一段声を潜めて、「他人事と思うな、おれなんぞもう死のうと思った時、仲間の者に助けられたなア一度・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・Full soon thy soul shall have her earthly freight,And custom lie upon thee with a weight,Heavy as frost, and dee・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫