・・・路ばたでも竹の子のずらりと明るく行列をした処を見掛けるが、ふんだんらしい、誰も折りそうな様子も見えない。若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩にまで聞かされた――確に竹の楽土だと思いました。ですがね、これはお宅の風呂番が説破しました。何・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 彼女は――自分は――その忘我が、感情に於てふんだんの女性である自分にとって、不可抗なものである事を熟知して居る。 其が故に、彼女はその忘我の裡に恍惚とした我をも、何の恐れなしに委せ得る人を、見出さなければならない。彼女の良人は、彼・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・この吉日をとり逃したら又何時ふんだんな人間の涙と呻きが私の喉に流れ込むかしれたものではない。一面濛々とした雲の海。凄じい風に押されて、彼方に一団此方に一団とかたまった電光を含む叢雲が、揺れ動き崩れかかる、その隙間にちらり、ちらり・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 海老屋へ行った禰宜様宮田は、きっとふんだんな御褒美にあずかって来るものだと思って、待ちに待っていたお石は、空手で呆然戻って来た彼を見ると、思わず、「とっさん、土産あ後からけえ?」と訊かずにはおられなかった。が、「馬鹿えこく・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・それとも、今日いわゆる中間小説というものを書いておびただしい収入を得ている作家のある人たちが生きているように、そのふんだんな経済力で、妻をはじめ一家のなかをにぎやかに満足させて、非難をおさえておきさえすれば自分の男としてまた社会人としての異・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫