・・・源氏物語を読めば、当時の宮廷内の無為と遊楽と権力争いの事情が実に細かく色彩ゆたかに描写されている。そして、紫式部という官女名をもった一人の優れた真面目な心の婦人作家は、当時の社会に生きる女の一生が、どんなに頼りない気の毒なものであるかという・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・この花園の中でただ無為に空と海と花とを眺めながら、傍近く寄るものが、もしも五月の微風のように爽かであったなら、そこに柔かな愛慾の実のなることは明かな物理である。しかし、ここの花園では愛恋は毒薬であった。もしも恋慕が花に交って花開くなら、やが・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・彼はただ無為の貴さを日毎の此の丘の上で習わねばならなかった。ここでは街々の客観物は彼の二つの視野の中で競争した。 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた。そこでは最も風と光りが自由に出入を赦された。時には顕官や淑女がその邸宅の石・・・ 横光利一 「街の底」
・・・しばらく議事堂や警視庁の建築をながめたあとで、眼を返してお濠と土手とをながめるならば、刺激的な芸のあとに無言の腹芸を見るような、もしくは巧言令色の人に接したあとで無為に化する人に逢ったような、深い喜びを感ずるであろう。そうしてさらに門内に歩・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫