・・・ 獲物を、と立って橋の詰へ寄って行く、とふわふわと着いて来て、板と蘆の根の行き逢った隅へ、足近く、ついと来たが、蟹の穴か、蘆の根か、ぶくぶく白泡が立ったのを、ひょい、と気なしに被ったらしい。 ふッ、と言いそうなその容体。泡を払うがご・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・船から、沖へ、ものの十四五町と真黒な中へ、ぶくぶくと大きな泡が立つように、ぼッと光らあ。 やあ、火が点れたいッて、おらあ、吃驚して喚くとな、……姉さん。」「おお、」と女房は変った声音。「黙って、黙って、と理右衛門爺さまが胴の間で・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と、水浸しの丸太のような、脚気の足を、襖の破れ桟に、ぶくぶくと掛けている。 と主人が、尻で尺蠖虫をして、足をまた突張って、 その挙げた足を、どしんと、お雪さんの肩に乗せて、柔かな細頸をしめた時です。(ああ、ひも・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・そして湯の中でぶくぶくと泳ぐと聞いた。 そう言えば湯屋はまだある。けれども、以前見覚えた、両眼真黄色な絵具の光る、巨大な蜈むかでが、赤黒い雲の如く渦を巻いた真中に、俵藤太が、弓矢を挟んで身構えた暖簾が、ただ、男、女と上へ割って、柳湯、と・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と、振り向かせるには、余りにぶくぶく肥えて、その肉のかたまりを包んだ長襦袢の襟は手をふれるのもためらわれるくらい、垢じみていた。しかし……。 朝、娼家を出た私は、円山公園の芝生に寝転んで、煙草を吸った。背を焼かれるような悔恨と、捨てられ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・私は階段を下り浴槽の方へ歩いてゆく私自身になる。しかしその想像のなかでは私は決して自分の衣服を脱がない。衣服ぐるみそのなかへはいってしまうのである。私の身体には、そして、支えがない。私はぶくぶくと沈んでしまい、浴槽の底へ溺死体のように横たわ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・相手はぶくぶくふくれた大きい手で、剣身を掴んで、それを握りとめようとした。同時に、ちぢれた鬚を持った口元を動かして何か云おうとするような表情をした。しかし、何も云わず、ぶくぶくした手が剣身を握りとめないうちに、剣は、肋骨の間にささって肺臓を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・脚がぶくぶくにはれて、向う脛を指で押すと、ポコンと引っこんで、歩けない娘も帰って来た。病気とならない娘は、なか/\町から帰らなかった。 そして、一年、一年、あとから生長して来る彼女達の妹や従妹は、やはり町をさして出て行った。萎びた梨のよ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・私はぶくぶくという名前で、いつでも勝手なときに、ひとりでにからだがゴムの袋のようにぶくぶくふくれます。まず一聯隊ぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。」 ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷう・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・きょうは学生服をきちんと着て、そのうえに、ぶくぶくした黄色いレンコオトを羽織っていた。雨にびっしょり濡れたそのレンコオトを脱ぎもせずに部屋をぐるぐるいそがしげに廻って歩いた。歩きながら、ひとりごとのようにして呟くのである。「君、君。起き・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫