・・・それから余り話もせず、宿の方へぶらぶら帰って行った。 三 ……日の暮も秋のように涼しかった。僕等は晩飯をすませた後、この町に帰省中のHと言う友だちやNさんと言う宿の若主人ともう一度浜へ出かけて行った。それは何も・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・あるいはまた長いプラットフォオムの縁をぶらぶら歩いていることもある。 保吉はお嬢さんの姿を見ても、恋愛小説に書いてあるような動悸などの高ぶった覚えはない。ただやはり顔馴染みの鎮守府司令長官や売店の猫を見た時の通り、「いるな」と考えるばか・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・仕方なしにいやいやながら家は出ましたが、ぶらぶらと考えながら歩きました。どうしても学校の門を這入ることは出来ないように思われたのです。けれども先生の別れの時の言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけはなんといっても見たくてしかたがありませんでした・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・ 八「そうする内に、またお猿をやって、ころりと屈んだ人間ぐれえに縮かまって、そこら一面に、さっと暗くなったと思うと、あやし火の奴め、ぶらぶらと裾に泡を立てて、いきをついて畝って来て、今度はおらが足の舵に搦んで、ひ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・隙はあるし、蕎麦屋でも、鮨屋でも気に向いたら一口、こんな懐中合も近来めったにない事だし、ぶらぶら歩いて来ましたところが、――ここの前さ、お前さん、」 と低いが壁天井に、目を上げつつ、「角海老に似ていましょう、時計台のあった頃の、……・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・この忙しいところで朝っぱらからぶらぶらしていてどうなるか」「省作の便所は時によると長くて困るよ。仕事の習い始めは、随分つらいもんだけど、それやだれでもだから仕方がないさ。来年はだれにも負けなくなるさ」 兄夫婦は口小言を言いつつ、手足・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹になって居る、民子という女の児が仕事の手伝やら母の看護やらに来て居った。僕が今忘れることが出来ないというのは、その民子と僕との関係である。その関係と云っても、僕は民子と下劣な関・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・きのうもゆう方、君が来て呉れるというハガキを見てから、それをほところに入れたまま、ぶらぶら営所の近所まで散歩して見たんやけど、琵琶湖のふちを歩いとる方がどれほど愉快か知れん。あの狭い練兵場で、毎日、毎日、朝から晩まで、立てとか、すわれとか、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・龍雄は、毎日棒を持って村の中をぶらぶら歩いていました。 彼は乱暴なかわりに、またあるときは、優しく、涙もろかったのであります。だから、この性質をよく知っている年をとった人々には、またかわいがる人もあったのであります。 親は、もう十四・・・ 小川未明 「海へ」
・・・今夜も働いて、ひとりぶらぶら月がいいので歩いてきますと、石につまずいて、指をこんなにきずつけてしまいました。私は、いたくて、いたくてがまんができないのです。血が出てとまりません。もう、どの家もみんなねむってしまいました。この家の前を通ると、・・・ 小川未明 「月夜とめがね」
出典:青空文庫