・・・今のブル対プロに当たるであろう。歴史は繰り返すのである。「諸学須知」「物理階梯」などが科学への最初の興味を注入してくれた。「地理初歩」という薄っぺらな本を夜学で教わった。その夜学というのが当時盛んであった政社の一つであったので、時々そう・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ ブルルル。ブルルル。ブルブルブルッ。 窓の下から三間とはなれぬ往来で、森田屋の病院御用自動車が爆鳴する。小豆色のセーターを着た助手が、水道のホーズから村山貯水池の水を惜気もなく注いで、寝台自動車に冷たい行水を使わせている。流れた水・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ 二三日前にある友人とガリレーやブルノやデカルトの話をした。そうして、学説と生命とを天秤にかけた三人が三様の解決を論じた。その時に頭を往来した重苦しい雲のようなものの中に何かしらこういう夢を見させるものがあったかもしれない。 ブルノ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ 善ニョムさんも、ブルブルにふるえているほど怒っていた。いきなり、娘の服の襟を掴むとズルズル引き摺って、畑のくろのところへ投り出してしまった。 その夕方、善ニョムさんは、息子達夫婦よりも、さきに帰って何喰わぬ顔して寝ていた。・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・懐から出すとぶるぶると体を振るようにしてあぶなげに立つ。悲しげな目で人を見た。目が涙で湿おうて居た。雀の毛をったように痩せて小さかった。お石は可哀想だから救って来たのだといった。太十は独で笑いながら懐へ入れて見ると矢張りくるりとなって寝た。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・黒き馬の鼻面が下に見ゆるとき、身を半ば投げだして、行く人のために白き絹の尺ばかりなるを振る。頭に戴ける金冠の、美しき髪を滑りてか、からりと馬の鼻を掠めて砕くるばかりに石の上に落つる。 槍の穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・文鳥は身を逆さまにしないばかりに尖った嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、膨くらんだ首を惜気もなく右左へ振る。籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。それでも餌壺だけは寂然として静かである。重いものである。餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・それは恰も今の社会組織そっくりじゃないか。ブルジョアの生きるために、プロレタリアの生命の奪われることが必要なのとすっかり同じじゃないか。 だが、私たちは舞台へ登場した。 二 そこは妙な部屋であった。鰮の罐詰の内部の・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・その人は、社会的に尊敬され、家庭的に幸福でありながら、他の人の一生を棒に振ることも出来た。彼には三百六十五日の生活がある! 彼には、三百六十五日の死がある。―― 今度は、三ヵ月は娑婆で暮したいな、と思うと、凡そ百日間は、彼には娑婆の風が・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ひた土に筵しきて、つねに机すゑおくちひさき伏屋のうちに、竹生いでて長うのびたりけるをそのままにしおきて壁くぐる竹に肩する窓のうちみじろくたびにかれもえだ振る膝いるるばかりもあらぬ草屋を竹にとられて身をすぼめをり・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫