・・・俺は文化生活の必要を楯に、たった一つの日本間をもとうとう西洋間にしてしまった。こうすれば常子の目の前でも靴を脱がずにいられるからである。常子は畳のなくなったことを大いに不平に思っているらしい。が、靴足袋をはいているにもせよ、この脚で日本間を・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかも文科大学だ。僕も君も似たような商売をしている人間です。事によると、同業組合の一人かも知れない。何です、君の専門は?」「史学科です。」「ははあ、史学。君もドクタア・ジョンソンに軽蔑される一人ですね。ジョンソン曰、歴史家は alm・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・――僕と同じ文科の学生です。河合の追悼会があったものですから、今帰ったばかりなのです。」 少将はちょいと頷いた後、濃いハヴァナの煙を吐いた。それからやっと大儀そうに、肝腎の用向きを話し始めた。「この壁にある画だね、これはお前が懸け換・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それは或文化住宅の前にトラック自動車の運転手と話をしている夢だった。僕はその夢の中にも確かにこの運転手には会ったことがあると思っていた。が、どこで会ったものかは目の醒めた後もわからなかった。「それがふと思い出して見ると、三四年前にたった・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・年齢は三十五歳、職業は東京帝国文科大学哲学科卒業後、引続き今日まで、私立――大学の倫理及英語の教師を致して居ります。妻ふさ子は、丁度四年以前に、私と結婚致しました。当年二十七歳になりますが、子供はまだ一人もございません。ここで私が特に閣下の・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
或夏の夜、まだ文科大学の学生なりしが、友人山宮允君と、観潮楼へ参りし事あり。森先生は白きシャツに白き兵士の袴をつけられしと記憶す。膝の上に小さき令息をのせられつつ、仏蘭西の小説、支那の戯曲の話などせられたり。話の中、西廂記・・・ 芥川竜之介 「森先生」
・・・彼はその宣言の中に人々間の精神交渉を根柢的に打ち崩したものは実にブルジョア文化を醸成した資本主義の経済生活だと断言している。そしてかかる経済生活を打却することによってのみ、正しい文化すなわち人間の交渉が精神的に成り立ちうる世界を成就するだろ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・には、できるだけ平面的にものを言ったつもりだが、それでもわからない人にはわからないようだから、なおいっそう平面的に言うならば、第一、私は来たるべき文化がプロレタリアによって築き上げらるべきであり、また築き上げられるであろうと信ずるものである・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・そうしてさらに詳しくいえば、純粋自然主義はじつに反省の形において他の一方から分化したものであったのである。 かくてこの結合の結果は我々の今日まで見てきたごとくである。初めは両者とも仲よく暮していた。それが、純粋自然主義にあってはたんに見・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫