・・・いまはもう、華族もへったくれも無くなったようですが、終戦前までは、女を口説くには、とにかくこの華族の勘当息子という手に限るようでした。へんに女が、くわっとなるらしいんです。やっぱりこれは、その、いまはやりの言葉で言えば奴隷根性というものなん・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
「戦争が終ったら、こんどはまた急に何々主義だの、何々主義だの、あさましく騒ぎまわって、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持です。主義も、思想も、へったくれも要らない。男は嘘をつく事をやめて、女は慾を捨てたら・・・ 太宰治 「嘘」
・・・今は亡き、畏友、笠井一もへったくれもなし。ことごとく、私、太宰治ひとりの身のうえである。いまにいたって、よけいの道具だてはせぬことだ。私は、あした死ぬるのである。はじめに意図して置いたところだけは、それでも、言って知らせてあげよう。私は、日・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・浩然之気もへったくれもあったものでない。「月の夜、雪の朝、花のもとにても、心のどかに物語して盃出したる、よろずの興を添うるものなり。」などと言っている昔の人の典雅な心境をも少しは学んで、反省するように努めなければならぬ。それほどまでに酒を飲・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・衣錦之栄も、へったくれも無い。私の場合は、まさしく、馬子の衣裳というものである。物笑いのたねである。それ等のことに気がついた時には、私は恥ずかしさのあまりに、きりきり舞いをしたのである。しまった! と思った。やっぱり、欠席、とすべきであった・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・腹ができて立派なる人格を持ち、疑うところなき感想文を、たのしげに書き綴るようになっては、作家もへったくれもない。世の中の名士のひとりに成り失せる。ねんねんと動き、いたるところ、いたるところ、かんばしからぬへまを演じ、まるで、なっていなかった・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・苦しさも、へったくれもない。なぜ、書かないのか。実は、少しからだの工合いおかしいのでして、などと、せっぱつまって、伏目がちに、あわれっぽく告白したりなどするのだが、一日にバット五十本以上も吸い尽くして、酒、のむとなると一升くらい平気でやって・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・ 全く元旦だなんて、搾取国のプロレタリアートにとって目出度もへったくれもないわけだ。闘争の新年度第一日ってもんだ。 ――ソヴェト同盟に正月ってもののないの分ったろ。 ――分った。従って女子供が特別なことをやるってこともないわけさね。・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
出典:青空文庫