・・・僕は、人間の名誉というものを重んずる方針なのだから、敢えて、盗んだとは言いません。早く返して下さい。僕は、大事にしていたんだ。僕は、この人に帽子と制服とだけは、お貸ししたけれど、君にナイフまでは、お貸しした覚えが無いのです。返して下さい。僕・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私たち、愛の表現の方針を見失っているのだから、あれもいけない、これもいけない、と言わずに、こうしろ、ああしろ、と強い力で言いつけてくれたら、私たち、みんな、そのとおりにする。誰も自信が無いのかしら。ここに意見を発表している人たちも、いつでも・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・与えるに、ものなき時は、安(とだけ書いて、ふと他のこと考えて、六十秒もかからなかった筈なれども、放心の夢さめてはっと原稿用紙に立ちかえり書きつづけようとしてはたと停とん、安というこの一字、いったい何を書こうとしていたのか、三つになったばかり・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 私はそのときは放心状態であった。もし、そのきこりが、お前がつき落したのだろうと言ったら、私はそうだと答えたにちがいない。しかし、それは、いまにして判ったのであるが、そのきこりが、私を疑えない筈だった。それは断崖の百丈の距離が、もたらし・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・放心について 森羅万象の美に切りまくられ踏みつけられ、舌を焼いたり、胸を焦がしたり、男ひとり、よろめきつつも、或る夜ふと、かすかにひかる一条の路を見つけた! と思い込んで、はね起きる。走る。ひた走りに走る。一瞬間のできごとで・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」 大学あたりの高等教育についてはあまり立入った話はしなかったそうである。しかしアインシュタインは就学の自由を極端まで主張する方で、聴講資格のせせこましい制定を撤廃したいという意見・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ この困難を避けるにはできるだけ言語を節約するという方針が生まれる、そうして字幕との妥協が講究される。 言葉の節約によって始めて発見されたおもしろい事実は、発声映画によって始めて完全に「沈黙」が表現されうるということであった。無声映・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・もっと根本的な大方針においてもまた然りである。 あらゆる方面で偉大な仕事をした人は自信の強い人である。科学者でも同様である。しかし千慮の一失は免れない。その人の仕事や学説が九十九まで正鵠を得ていて残る一つが誤っているような場合に、その一・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・それから其方針で少しやって、全部の計画は日本でやり上げる積で西洋から帰って来ると、大学に教えてはどうかということだったので、そんならそうしようと言って大学に出ることになった。(是 さて正岡子規君とは元からの友人であったので、私が倫敦に居・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・講義になるとすると、私の講義は暗ではやらない、云う事はことごとく文章にして、教場でそれをのべつに話す方針であります。ところが今日はそれほどの閑暇もなし、また考えも纏まっておりません。だから上手であるべき講義も今日に限って存外拙い訳であります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫