・・・伯父の局長は酒飲みですから、何か部落の宴会が、その旅館の奥座敷でひらかれたりするたびごとに、きっと欠かさず出かけますので、伯父とその女中さんとはお互い心易い様子で、女中さんが貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口の向う側にあらわれると、伯父は・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・けれども、決着の土壇場に、保険会社から横槍が出た。事件の再調査を申請して来たのである。その二年前に、勝治は生命保険に加入していた。受取人は仙之助氏になっていて、額は二万円を越えていた。この事実は、仙之助氏の立場を甚だ不利にした。検事局は再調・・・ 太宰治 「花火」
・・・「お母さまが、私に、保険をつけて下さっているの。私が三十二になれば、お金が何百円だか、たくさん取れるのよ。」 また、ある夜、私は、気の弱い女は父無児を生むという言葉をふと思い出し、あんなに見えても、マツ子は、ひょっとしたら弱いのじゃ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・政府はただちに罹災者に対してお見舞いを差上げている筈だし、公債や保険やらをも簡単にお金にかえてあげているようだ。それに、全く文字どおりの着のみ着のままという罹災者は一人も無く、まずたいていは荷物の四個や五個はどこかに疎開させていて、当分の衣・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・でも既に事実上の海水浴が保健の一法として広く民間に行われていたことがこれで分るのである。 明治二十六、七年頃自分の中学時代にはそろそろ「海水浴」というものが郷里の田舎でも流行り出していたように思われる。いちばん最初のいわゆる「海水浴」に・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・月謝を払って学校へ行くのでも、保険にはいるのでもそうである。お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそうである。それが善い悪いは別としてこの世の事実なのである。 さるのような人もありかにの・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・警備の巡査、兵士、それから新聞社、保険会社、宗教団体等の慰問隊の自動車、それから、なんの目的とも知れず流れ込むいろいろの人の行きかいを、美しい小春日が照らし出して何かお祭りでもあるのかという気もするのであった。今度の地震では近い所の都市が幸・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・それをひねくり廻している矢先へ通りかかったのが保険会社社長で葬儀社長で動物愛護会長で頭が禿げて口髯が黒くて某文士に似ている池田庸平事大矢市次郎君である。それが団十郎の孫にあたるタイピストをつれて散歩しているところを不意に写真機を向けて撮る真・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・決して物ずきな少数学者の気まぐれな研究に任すべき性質のものでなく、消防吏員や保険会社の統計係の手にゆだねてそれで安心していられるようなものでもなく、国家の一機関として統制された研究所の研究室において徹底的系統的に研究さるべきものではないかと・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・二三日またぐれだして、保険会社の男とかと、始終どこかへ入り浸っていた。 お絹はぶつぶつ言っていた。「この家は、これでいったいなり立ってゆくのかね」道太はおせっかいに訊いた。「さあどうやら、見こみないでしょう。私厭だと言ったんだけ・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫