・・・ やや蒲鉾なりの広い車道に沿うて、四方に鋪道が拡っていた。 東側の右角には、派手なくせに妙に陰気に見える桃色で塗った料理店の正面。左には、充分光線の流れ込まない、埃っぽく暗い裁縫店の大飾窓。板硝子の上の枠に、ボウルドフェイスの金文字・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ ずっと歩いていて、煙草のすいガラをパッとすてた、火の粉が暗い舗道の上に瞬間あかるくころがる。 夕暮。もう家のなかはすっかりくらい。留守で人の居ない庭へ面してあけ放たれている さっぱりした日本間。衣桁の形や椅子の脚が、逆光線・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・その匂いは細雨の降る夕暮の歩道に立ちこめているが、同じ店先には鰊一尾まるのまま糠づけにしたものも売っている。 今年はどうも鰊が目につくと思っていたら、北海道の或る町から人が泊りに来て、その話ではあっちに今年は鰊がないのだそうだ。加工して・・・ 宮本百合子 「諸物転身の抄」
・・・ 工場を出て、鋪道を半丁ほど来ると、ロシアらしい木の柵にかこまれ、白樺が庭に生えた煉瓦だての小ざっぱりした建物がある。 トントンとのぼる石段の入口が二つある。一つには「乳児入口」、もう一つには「学齢以前児童」と札が出ている。 入・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ 出て来た時には、リラの木の下のベンチにもう誰もいず、門の前の歩道を犬をつれた男が散歩していた。ステッキをその男はゆうゆうついている。ほほう! 燈柱の堂々たる橋がある。 公園だ。十月革命の犠牲者の記念がある。三色菫の・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・街路は一体に薄暗く、パッと歩道へ光を流して人のかたまっているところはそういう光景なので、モスクワのような都会から来た自分は、妙な気がした。それぞれの共和国の内政は或る程度まで自主的に行われているのであった。 傍の小さい新聞屋台で、『レー・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・それでも、穿きなれた、歩き心地のよい下駄で、午後の乾いた銀座の鋪道を歩いて行くと、私は愉快になり、幸福にさえなった。一体昼の銀座は夜とはまるで違う。燈火が灯ってから彼処を散歩すると、どの店も派手で活気があり、散策者と店員等を引くるめてあの辺・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・夜の歩道。一人の学生が巡査の帽子を失敬して一目散に走り出した。その代りに三角帽をのせられた本人。いそいで追っかけている後でうまく逃げろ! と燕尾服のズボンに片手を突こみ片手には手袋を振って声援しているもう一人の学生。更に一人は瓦斯街燈にから・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・市内から終点に向って来る電車はどれも満員で、陸続と下りる群集が、すぐ傍の省線駅や歩道の各方面にちらばるが、その電車が終点からベルを合図に市内に向けて出発する時はどれにも、ちらほらとしか乗客がのっていない。 一台ポールの向きをかえるごとに・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ 宿を出、両側、歩道の幅だけ長方形の石でたたんだ往来を、本興善町へ抜け、或る角を右にとる。町家は、表に細かい格子をはめた大阪風だ。川がある。柳の葉かげ、水際まで石段のついた支那風石橋がかかっている。橋上に立つと、薄い夕靄に柔められた光線・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫