・・・それになかなか品位を保っている。なんの役も勤まる女である。 二人きりで寂しくばかり暮しているというわけではない。ドリスの方は折々人に顔を見せないと、人がどうしたかと思って、疑って穿鑿をし始めようものなら、どんなまずい事になるかも知れない・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・近代理論物理学の傾向がプランクなどの言うごとく次第に「人間本位の要素」の除去にあるとすればその結果は一面において大いに客観的であると同時にまた一面においては大いに主観的なものとも言えない事はない。芸術界におけるキュービズムやフツリズムが直接・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・そうして更に面白いことには、良い論文を落第させればさせるほど、あたかもその審査員並びにその属する学団の品位が上昇するかのごとき感じを局外者に与えるらしく思い込まれる場合もあるようである。生徒に甘い点をつける先生は甘く見え、辛い点をつけるほど・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行ったが、その包装紙の意匠も名に相応しい俗悪なものであった。轡の紋章に天狗の絵もあったように思う。その俗衆趣味は、ややもすればウェルテリズムの阿片に酔う危険のあったその頃のわれわれ青年・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・と感ずるかは畢竟人間本位の判断であって、人間が判断しやすい程度の時間間隔だというだけのことである。この判断はやはり比較によるほかはないので、何かしら自分に最も手近な時間の見本あるいは尺度が自然に採用されるようになるであろう。脈搏や呼吸なども・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・『武家義理物語』の三の一に「すこしの鞘とがめなどいひつのり、無用の喧嘩を取むすび、或は相手を切りふせ、首尾よく立のくを、侍の本意のやうに沙汰せしが、是ひとつと道ならず。子細は、其主人、自然の役に立ぬべしために、其身相応の知行をあたへ置れ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・彼は興味本位の立場から色々な怪奇をも説いてはいるが、腹の中では当時行われていた各種の迷信を笑っていたのではないかと思われる節もところどころに見える。『桜陰比事』で偽山伏を暴露し埋仏詐偽の品玉を明かし、『一代男』中の「命捨ての光物」では火の玉・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 地震の科学的研究に従事する学者でも前述のような自己本位の概念をもっていることは勿論であるが、専門の科学上の立場から見た地震の概念は自ずからこれと異なったものでなければならない。 もし現在の物質科学が発達の極に達して、あらゆる分派の・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・いちばん延び過ぎた所から始めるという植物の発育を本位に置いた考案もあった。こんな事にまで現代ふうの見方を持って来るとすれば、ともかくも科学的に能率をよくするために前にあげた第一の要求を満たす方法を選んだほうがよさそうに思われた。能率を論ずる・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 自分が昔現在の家を建てたとき一番日当りがよくて庭の眺めのいい室を応接間にしたら、ある口の悪い奥さんから「たいそう御客様本位ですね」と云って、底に一抹の軽い非難を含んだような讃辞を頂戴したことがあった。この奥さんの寸言の深い意味に思い当・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
出典:青空文庫