・・・自分が、口がうまく廻らない話下手だと知ってからは、いつでも聞手の泣きそうになるまで、クドクドと何か云ってききあきて五月蠅なって来るのを見すまして本意を吐くのが常であった。 祖母はもうききあきて来る。 始めの中は煙草の火などを出してや・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ H・G・ウエルズが一九三四年にモスクを訪ねた時、むこうの作家たちにベルリン、ウィーン、ローマの各ペンクラブが、どんなにファシストの文化政策に対して「文芸の自由と品位を保持するために」たたかったかということを語っている記事を、『セルパン・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・ 日本でもラジオは文学に反映しているが、最近東朝が紙面の品位を害するという理由で掲載を打ちきったとつたえられる永井荷風氏の「東綺譚」は、恐らく今日の世界の文学に類のないラジオと一人の人間との関係を発端としていると思う。作者永井荷風は、夏・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・苦悩に面して慎ましく、しかも沈着で勤勉にそれを克服してゆくオオドゥウの人間的品位は、すでに小さいマリイの生きかたのところどころに閃いており、意地わるな院長にわざと辛い農園へやられる場合の威厳にみちたといえる程の若いマリイの立ち姿にはっきり現・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・いわゆる人物本位ということと将来の立身出世が同じ内容で、選択の標準となり得た時代も遠い過去にはあった。けれども今日の大多数の青年の苦しみは、明治時代の人物本位という目やすが自身の社会生活の生涯に当てはまらなくなっていることから湧いている。精・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・「早々本意を達し可立帰、若又敵人死候はば、慥なる証拠を以可申立」と云う沙汰である。三人には手当が出る。留守へは扶持が下がる。りよはお許は出ても、敵を捜しには旅立たぬことになって見れば、これで未亡人とりよとの、江戸での居所さえ極めて置けば、九・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・しかしそれはカトリック主義のようになって、芸術上の品位は前の作より下がっている。なんでも主義になって固まってしまっては駄目らしい。 自然主義ということを、こっちでも言っていたが、あれはただつとめて自然に触接するように書くというだけの意義・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・すなわち民族全体は、最も小さい子供から最も年長の老人に至るまで、その身ぶり、動作、礼儀などに、自明のこととして明白な差別や品位や優美などを現わしていた。王侯や富者の家族においても、従者や奴隷の家族においても、その点は同じであった。 フロ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・ こういう茸狩りにおいて出逢う茸は、それぞれ品位と価値とを異にするように感じられた。初茸はまことに愛らしい。ことに赤みの勝った、笠を開かない、若い初茸はそうである。しかし黄茸の前ではどうも品位が落ちる。黄茸は純粋ですっきりしている。が、・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
・・・柔らかに枝を垂れている濠側の柳、淀んだ濠の水、さびた石垣の色、そうして古風な門の建築、――それらは一つのまとまった芸術品として、対岸の高層建築を威圧し切るほどの品位を見せている。自分は以前に幾度となくこの門の前を通ったのであるが、しかしここ・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫