・・・……と、場所がよくない、そこらの口の悪いのが、日光がえりを、美術の淵源地、荘厳の廚子から影向した、女菩薩とは心得ず、ただ雷の本場と心得、ごろごろさん、ごろさんと、以来かのおんなを渾名した。――嬰児が、二つ三つ、片口をきくようになると、可哀相・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……もう不断、本場で旨いものを食りつけてるから、田舎料理なんぞお口には合わん、何にも入らない、ああ、入らないとも。」 と独りで極めて、もじつく女房を台所へ追立てながら、「織さん、鰯のぬただ、こりゃ御存じの通り、他国にはない味です。こ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ ところで、二階家を四五軒建てましたのを今では譲受けた者がござりまして、座敷も綺麗、お肴も新らしい、立派な本場の温泉となりまして、私はかような田舎者で存じませぬが、何しろ江戸の日本橋ではお医者様でも有馬の湯でもと云うた処を、芸者が、小川・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「それから道行は抜にして、ともかく無事に北海道は札幌へ着いた、馬鈴薯の本場へ着いた。そして苦もなく十万坪の土地が手に入った。サアこれからだ、所謂る額に汗するのはこれからだというんで直に着手したねエ。尤も僕と最初から理想を一にしている友人・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・だからこれは恋する力が強いのが悪いのではなく、知性や意力が弱いのがいけないのだ。奔馬のように狂う恋情を鋭い知性や高い意志で抑えねばならぬ。私の場合ではそれほどでもない女性に、目くもって勝手に幻影を描いて、それまで磨いてきた哲学的知性もどこへ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・私も多少本場を見て来たその自分の経験から、「洋服のことならとうさんに相談するがいいぜ」なぞと末子に話したり、帯で形をつけることは東西の風俗ともに変わりがないと言い聞かせたりして、初めて着せて見る娘の洋服には母親のような注意を払った。十番で用・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・おいしいのよ、本場ものだから。じたばたしないで、お出し。」 からだをゆすって、手のひらを引込めそうも無い。 不幸にして、田島は、カラスミが実に全く大好物、ウイスキイのさかなに、あれがあると、もう何も要らん。「少し、もらおうか。」・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・まこと本場の悪人は、不思議や、生き神、生き仏、良心あって、しっかりもの。しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、縁なき衆生と陰口きいた。 六唱 ワンと言えなら・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・いっそうおもしろい事実はそもそも俳諧の本場であるわが日本の映画が、もっとも俳諧の欠乏したアメリカ映画にそっくりな手法ばかりを墨守していることである。 ともかくもルネ・クレールの映画のおもしろみを充分に味わうには、その中に含まれた俳諧的要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・文人画の元祖である中華民国でも、美術の本場であるフランスでも、一般人士の間にはたして日本の老幼男女に共通な意味でのよい景色を賞観する心持ちがあるかどうかわからない。少なくもアメリカの百万長者がアルプスの空気と光線に健康とエネルギーを求めて歩・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫