・・・その頃から、本年八月迄、十四年の間、日本の婦人運動は辛うじて母子保護法を通過させたのみで、炭鉱業者が戦時必需の名目で婦人の坑内深夜業復活を要求したのに対し、何の防衛力ともなり得なかった。婦人の政治参加の問題どころか、戦争に熱中した政府は戦争・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ 手を引っぱられて金網の外からのぞくと、拇指位のやせたのが三つ四つ見えるだけで、掌の長さ位になっていい形恰にくくれて肥ったのが見つからない。「見えないじゃあないのと云うと、あっちへ馳けたり此っちへ馳けたりして葉かげをのぞいたがど・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・―― 間を置いて、私は歯の間から一言、一言を拇指で押すように云った。「――然し、それは窮極において一時の細工だ。歴史は必ず進むように進むからね、帝政時代のロシアでは、サバトフが同じようなことをやった。しかしロシアの労働者は、それを凌・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・どんな骨折りをしても、今年はお乳がなければなりません。母子の為に。 ヴォラールの「セザンヌ伝」を読んでもらっていると、一八九二、三年頃「落選画家の展覧会」を開いた後でも、セザンヌがどんな扱いを受けていたか、ということがわかって驚かれます・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 日本女はリノリューム敷の通路を隔て左側の坐席にいる四十ばかりの太い拇指をした男にきいた。 ――彼女の演説、長うござんしたか? ――我々ソヴェトの人間は短く話すのが得手でないんでね。 そう云って笑った。それから真面目につけ加・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・悪に誘われ――それが悪とさえわきまえず悪におちいる少年少女の、垢のついた小さい十本の指を、拇指から小指へとくっきり指紋にとって、それを何万枚警視庁にためて分類したとしても、わたしたちの日本の苦しみと悲しみはへりはしない。 警視庁の役人は・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・ そしてそのかなり調子のなだらかな言葉を自分の髪の中に編み込む様に耳を被うてふくれた髪を人指指と拇指の間で揉んで居た。 のけものにされた様にして居た篤は千世子に髪の結い方をきいた。「何んになさるんです? 私の髪なんか。」・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 人指指と拇指でまるで針のめどの様な穴を作ったり、両手を後の方まで跳ね飛ばして非常な大きさを示しました。 弟は一寸面白い顔をして居ますけれ共真面目なので、私の問いに答える時々にはきっと云う言葉さえ気をつけて居るかの様に落ついて居・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・棒の扱いかたや、左手の拇指と小指とに独得な力のこめかたをして、オーケストラに呼びかけてゆく癖など、ワインガルトナーそっくりである。けれども、専門的な言葉ではああいうのを何というか、カルメン夫人はオーケストラから各部分の音をそれぞれの独自的な・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
出典:青空文庫