・・・流れ出すと、炉の下の大きなバケツのようなものの中へぼとぼとと重い響きをさせて落ちて行く。バケツの中がいっぱいになるに従って、火の流れがはいるたびにはらはらと火の粉がちる。火の粉は職工のぬれ菰にもかかる。それでも平気で何か歌をうたっている。・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・大きな汚い風呂敷包と一緒に、章魚のように頭ばかり大きい赤坊をおぶった彼れの妻は、少し跛脚をひきながら三、四間も離れてその跡からとぼとぼとついて行った。 北海道の冬は空まで逼っていた。蝦夷富士といわれるマッカリヌプリの麓に続く胆振の大草原・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・燕はなおも心を定めかねて思いわずらっていますうちに、わかい武士とおとめとは立ち上がって悲しそうに下を向きながらとぼとぼとお城の方に帰って行きます。もう日がとっぷりとくれて、巣に帰る鳥が飛び連れてかあかあと夕焼けのした空のあなたに見えています・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ と手を引張ると、猶予いながら、とぼとぼと畳に空足を踏んで、板の間へ出た。 その跫音より、鼠の駈ける音が激しく、棕櫚の骨がばさりと覗いて、其処に、手絡の影もない。 織次はわっと泣出した。 父は立ちながら背を擦って、わなわな震・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ お嬢さん、お坊ちゃんたち、一家揃って、いい心持になって、ふっくりと、蒲団に団欒を試みるのだから堪らない。ぼとぼとと、あとが、ふんだらけ。これには弱る。そこで工夫をして、他所から頂戴して貯えている豹の皮を釣って置く。と枇杷の宿にいすくま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ ここは弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日も西の山の端に傾きければ、両側の旅籠屋より、女ども立ち出でて、もしもしお泊まりじゃござんしないか、お風呂も湧いていずに、お泊まりなお泊まりな――喜多八が、まだ少し早いけれど……弥・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・程標の立った追分へ来ると、――その山中道の方から、脊のひょろひょろとした、頤の尖った、痩せこけた爺さんの、菅の一もんじ笠を真直に首に据えて、腰に風呂敷包をぐらつかせたのが、すあしに破脚絆、草鞋穿で、とぼとぼと竹の杖に曳かれて来たのがあった。・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・早瀬 よく、肯分けた、お蔦、それじゃ、すぐに、とぼとぼと八丁堀へ行く気だったか。お蔦 ええ、そうよ。……じゃ、もう一度、雀に餌が遣れるのね、よく馴染んで、れんじまどの中まで来て、可愛いッたらないんですもの。……これまで別れるのは辛か・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・が、行ったり来たり、ちらちらと細く動くと、その動くのが、魔法を使ったように、向う遥かな城の森の下くぐりに、小さな男が、とぼんと出て、羽織も着ない、しょぼけた形を顕わすとともに、手を拱き、首を垂れて、とぼとぼと歩行くのが朧に見える。それ、糧に・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ ちょうど、このとき、奥深い寺の境内から、とぼとぼとおじいさんがつえをついて歩いて出てきました。 おじいさんは、白いひげをはやしていました。 二郎は、そのおじいさんを見ていますと、おじいさんは、二郎のわきへ近づいて、ゆき過ぎよう・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
出典:青空文庫