・・・それから左に曲がりました。なるほど、おばあさんのいったように、一丁ばかりゆくと一軒の車屋がありました。このあたりは、どの家も狭く、汚く、屋根が低うございました。 あや子は車屋から四軒めの家を数えてゆきますと、その家は、はや、戸が閉まって・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・私はその米屋の二階に三畳を間借りして、亀やんの顔が見えると、いっしょに出かけて、その車の先引きをすると、一日七十銭になりました。ところが、三月ばかりたつと、亀やんはぽっくり死んでしまったので、私はまた拾い屋になろうと思って、ガード下の秋山さ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・へは行かず、すぐ坂を降りましたが、その降りて行く道は、灯明の灯が道から見える寺があったり、そしてその寺の白壁があったり、曲り角の間から生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。「このたびはえらい御不幸な……」 と挨拶した婆さんに抱いていた子供を預けると、お君は一張羅の小浜縮緬の羽織も脱がず、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 2 生島はその夜晩く自分の間借りしている崖下の家へ帰って来た。彼は戸を開けるとき、それが習慣のなんとも言えない憂鬱を感じた。それは彼がその家の寝ている主婦を思い出すからであった。生島はその四十を過ぎた寡婦である「小・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて、漆喰は乾いてしまっている。その上へ落ちた痰は水をかけても離れない。堯は金魚の仔でもつまむようにしてそれを土管の口へ持って行くのである。彼は血の痰を見てももうなんの・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
ある薄ら曇りの日、ぶらぶら隣村へ歩いた。その村に生田春月の詩碑がある。途中でふとその詩碑のところへ行ってみる気になって海岸の道路を左へそれ、細道を曲り村の墓地のある丘へあがって行った。 墓地の下の小高いところに海に面し・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・足あとは血を引いて、一町ばかり行って、そこで樹々の間を右に折れ、左に曲り、うねりうねってある白樺の下で全く途絶えていた。そこの雪は、さん/″\に蹴ちらされ、踏みにじられ汚されていた。凍ったかち/\の雪に、血が岩にしみこんだようになっていた。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・いよいよ雲採、白石、妙法の三峰のふもとに来にけりと思いつつ勇み進むに、十八、九間もあるべき橋の折れ曲りて此方より彼方にわたれるが、その幅わずか三尺ばかりにして、しかも処々腐ちたれば、脚の下の荒川の水の青み渡りて流るるを見るにつけ、さすがに胸・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・所がヒニクに道路が曲りくねッてついているのサ。爰だテ、なぜ道が曲ッてついているのだろう。これを研究したらば誰も真理を発明するのサ。余程面白い事だぜ、君も試に考えて見玉え。これが大真理だよ。中々分るまい。どうだ爰だよ、僕の新発明は。僕・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫