・・・ 省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみにきた。「省さん、今日はきっと負かしてやります」「ばかいえ、手前なんかに片手だって負けっこなしだ」「そっ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・彼らは、思うぞんぶんに二人をなぐると、「さあ、さっさと早くこの町から、どこへでもいってしまえ。まごまごしていると、また見つけて、こんどは許しておかないから。」といい残して、これらの乱暴者は去ってしまいました。 子供は、若者に二度助け・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・なぜこんなところにまごまごして、朝から晩まで重い荷をしょわされていなければならないんですか。」と、からすがいいました。「おまえはだれかと思ったらからすか、よく俺の足が疾いことを知っているな。ほんとうにかけ出したら、どんなものでも追いつけ・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ たがいにわけのわからぬことをいって、まごまごしているばかりです。そのうちに、三人を乗せた氷は、灰色にかすんだ沖の方へ、ぐんぐんと流されていってしまいました。みんなは、ぼんやりと沖の方を向いているばかりで、どうすることもできません。その・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 院長は、そばに、まごまごしている、看護婦の顔をにらんで、奥へさっさとはいってしまいました。「じゃ、どうしてもみてくださらんのか。」と、老人は、つぶやきました。「お気の毒ですけれど、先生はたいへんお忙しいので、みられんとおっしゃ・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・そのとき、家の内では、なんだか大騒ぎをするようなようすでありましたから、まごまごしていて捕らえられてはつまらないと思いましたので、一声高くないて、遠方に見える、こんもりとした森影を目あてに、飛んでいってしまいました。 娘は、小鳥を逃がし・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・会わす顔もないと思っていたところを偶然出くわしたので、まごまごしていた。いきなり逃げだそうとしたその足へ、とたんに自尊心が蛇のように頭をあげてきて、からみついた。あんな恥かしいところを見られたのだから名誉を回復しなければならない。からくも思・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ しかし、間もなく朦朧俥夫の取締規則が出来て、溝の側の溜場にも屡しばしばお手入れがあってみると、さすがに丹造も居たたまれず、暫らくまごまごした末、大阪日報のお抱え俥夫となった。殊勝な顔で玄関にうずくまり、言葉つきもにわかに改まって丁寧だ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・と自分はまごまご。「大きな声がどうしたの、いくらでも大きな声を出すよ……さア今一度言って御覧ん。事とすべに依ればお光も呼んで立合わすよ」という剣幕。この時二階の笑声もぴたり止んで、下を覗がい聞耳をたてている様子。自分は狼狽えて言葉が出な・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 善人で、酒もしいては飲まず、これという道楽もなく、出入交際の人々には義理を堅くしていて、そしてついに不遇で、いつもまごまごして安定の所を得ず今日が日に及んだ翁の運命は、不思議な事としか思えない。 そこで石井の人々初め翁を知っている・・・ 国木田独歩 「二老人」
出典:青空文庫