・・・見つけられまい、と背後をすり抜ける出合がしら、錠の浜というほど狭い砂浜、娘等四人が揃って立つでしゅから、ひょいと岨路へ飛ぼうとする処を、 ――まて、まて、まて―― と娘の声でしゅ。見惚れて顱が顕われたか、罷了と、慌てて足許の穴へ隠れ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・卓あり、粗末なる椅子二個を備え、主と客とをまてり、玻璃製の水瓶とコップとは雪白なる被布の上に置かる。二郎は手早くコップに水を注ぎて一口に飲み干し、身を椅子に投ぐるや、貞二と叫びぬ。 声高く応してここに駆け来る男は、色黒く骨たくましき若者・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 恋の泉はいつもいつもわきて流れ疲れし人をまてど、この泉の潯にて行きあう年若き男女の旅人のみは幾度か幾度か代わりゆき、かつ若者に伴いし乙女初めは楽しげにこの泉をくめどたちまちその手を差しいれてこれを濁し、若者をここより追いやりつ、自己も・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 立派ということに就いて もう、小説以外の文章は、なんにも書くまいと覚悟したのだが、或る夜、まて、と考えた。それじゃあんまり立派すぎる。みんなと歩調を合せるためにも、私はわざと踏みはずし、助平ごころをかき起してみせた・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・手をのばすより早く長い尾の毛を一寸引っぱろうとしたがまて、昔の武士は人の部屋に入るにさえもせきばらいしたと云うのにいくら世がかわってもあんまりずるすぎるだろうと「エヘン」と云って毛を引っぱる。敵は「コッ」とさけんで飛び上ってこっちに向って来・・・ 宮本百合子 「三年前」
出典:青空文庫