×すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。 ――今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ――それは皆、・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・ 行一も水道や瓦斯のない不便さに身重の妻を痛ましく思っていた矢先で、市内に家を捜し始めた。「大家さんが交番へ行ってくださったら、俺の管轄内に事故のあったことがないって。いつでもそんなことを言って、巡回しないらしいのよ」 大家の主・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・妻はそのころもう身重になっていたので、この五月には初産という女の大難をひかえている。おまけに十九の大厄だと言う。美代が宿入りの夜など、木枯らしの音にまじる隣室のさびしい寝息を聞きながら机の前にすわって、ランプを見つめたまま、長い息をすること・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・ そうすると、先達ってうちから身重になったところが、それを種にして嫁を出してやろうと謀んで、自分の娘とぐるになって、息子あてに、中傷の手紙を無名で出した。「お前の嫁は、作男ととんでもない事をしてその種を宿して居る。 お前のほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 五 不屈な闘志――ロンドン時代―― 身重なイエニーは肉体と精神との苦痛をこらえてロンドンにたどり着いた。三人の子供を連れて。そして、宝石のようなレンシェンをつれて。愛称をレンシェンとよばれたヘレーネ・デムート・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・名もない、一人の貧しい、身重の女が全身から滲み出しているものは、生活に苦しんでいる人間の無限の訴えと、その苦悩の偽りなさと、そのような苦しみは軽蔑することが不可能であるという強い感銘とである。そしてさらに感じることは、ケーテ・コルヴィッツは・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫