・・・この時でも水蒸気が露のごとく水滴になるには何か塵のごとき微細ないわゆる凝縮核が必要であるし、ガラスの表面の性質によってつきかたにいろいろ異なった状態があったり、その他いろいろこの水に聯関した面白い問題があるのである。これらのことを全く考えな・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・衣服の左前なくらいはいいとしても、また髪の毛のなでつけ方や黒子の位置が逆になっているくらいはどうでもなるとしても、もっと微細な、しかし重要な目の非対称や鼻の曲がりやそれを一々左右顛倒して考えるという事は非常に困難な事である。要するに一面の鏡・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・しによって生ずる週期的すべり面の機巧から推して、単晶体の週期的すべり面の機巧を予想してみたこともあったが、これとても決して充分だと思われない、最近にガラス面に沿うて電気火花を通ずる時にその表面にできる微細な顕微鏡的な週期的の割れ目を平田理学・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・各測候所の平均領域の幅員に比して微細なる変化は度外視し、定時観測期間の長さに比して急激なる変化をも省略して近似的等温線あるいは等圧線を引くに過ぎず。例えば土地山川の高低図を作る際に、道路の小凹凸、山腹の小さき崖崩れを省略するに同じ。これを省・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・去年の夏の終わりから秋へかけて、小さなあわれな母親たちが種属保存の本能の命ずるがままに、そこらに産みつけてあった微細な卵の内部では、われわれの夢にも知らない間に世界でいちばん不思議な奇蹟が行なわれていたのである。その証拠には今試みに芝生に足・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 降灰をそっとピンセットの先でしゃくい上げて二十倍の双眼顕微鏡でのぞいて見ると、その一粒一粒の心核には多稜形の岩片があって、その表面には微細な灰粒がたとえて言えば杉の葉のように、あるいはまた霧氷のような形に付着している。それがちょっとつ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・この抽象法を用いないで、しかも極度の分化作用による微細なる心の働きを写して人に示すのはおもに文学者がやっている。だから文学者の仕事もこの分化発展につれてだんだんと、朦朧たるものを明暸に意識し、意識したるものを仔細に区別して行きます。例えば昔・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・すべての感覚が解放され、物の微細な色、匂い、音、味、意味までが、すっかり確実に知覚された。あたりの空気には、死屍のような臭気が充満して、気圧が刻々に嵩まって行った。此所に現象しているものは、確かに何かの凶兆である。確かに今、何事かの非常が起・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・また同様に鼓膜も、極めて微細な震動しかしなかった。空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・真面目な雅致のある方の句はわかって居るが微細な点に意を注いだ句の味は少しわかりかねるようである。いわば元禄趣味はよくわかって居るが天明趣味の句はまだわからない処がある。天明趣味の句はよくわかって居るが明治趣味の句はまだわかって居らん処がある・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫