・・・中村は今ベルリンの三井か何かに勤めている。三重子もとうに結婚したらしい。小説家堀川保吉はある婦人雑誌の新年号の口絵に偶然三重子を発見した。三重子はその写真の中に大きいピアノを後ろにしながら、男女三人の子供と一しょにいずれも幸福そうに頬笑んで・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・「これじゃ一週間とたたない内に、岩崎や三井にも負けないような金満家になってしまうだろう。」などと、口々に私の魔術を褒めそやしました。が、私はやはり椅子によりかかったまま、悠然と葉巻の煙を吐いて、「いや、僕の魔術というやつは、一旦欲心・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・御一新の御東幸の時にも、三井の献金は三万両だったが八兵衛は五万両を献上した。またどういう仔細があったか知らぬが、維新の際に七十万両の古金銀を石の蓋匣に入れて地中に埋蔵したそうだ。八兵衛の富力はこういう事実から推しても大抵想像される。その割合・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・らワッペウ氏をもって任じおられ候、天保できの女ワッペウと明治生まれの旧弊人との育児的衝突と来ては実に珍無類の滑稽にて、一家常に笑声多く、笑う門には福来たるの諺で行けば、おいおいと百千万両何のその、岩崎三井にも少々融通してやるよう相成るべきか・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・村落に取っては都会に於ける岩崎三井の祝事どころではない、大変な騒ぎである。両家は必死になって婚儀の準備に忙殺されている。 その愈々婚礼の晩という日の午後三時頃でもあろうか。村の小川、海に流れ出る最近の川柳繁れる小陰に釣を垂る二人の人があ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「構うことあ無えやナ、岩崎でも三井でも敲き毀して酒の下物にしてくれらあ。「酔いもしない中からひどい管だねエ、バアジンへ押込んで煙草三本拾う方じゃあ無いかエ、ホホホホ。「馬鹿あ吐かせ、三銭の恨で執念をひく亡者の女房じゃあ汝だってち・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・早春に三井君が死んだ。それから五月に三田君が、北方の孤島で玉砕した。三井君も、三田君も、まだ二十六、七歳くらいであった筈である。 三井君は、小説を書いていた。一つ書き上げる度毎に、それを持って、勢い込んで私のところへやって来る。がらがら・・・ 太宰治 「散華」
・・・または三井とか岩崎とかいう豪商が、私を嫌うというだけの意味で、私の家の召使を買収して事ごとに私に反抗させたなら、これまたどんなものでしょう。もし彼らの金力の背後に人格というものが多少でもあるならば、彼らはけっしてそんな無法を働らく気にはなれ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 箪笥の一番下のひき出しに、三井呉服店とかいたボール箱に入ったままあるのを見て、娘がきいた。「あれはお父様が西洋のねまきだってさ」 そう云って母は青々と木の茂った庭へ目をやったきりだった。その庭の草むしりを、母は上の二人の子供あ・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・この間N氏が家族づれで行ってなかなか道の心持がよかったというところだ。三井の横を抜け、竹藪を抜け、九品仏道と古風な石の道しるべについて行ったら、A氏の農園のすぐ横に出た。働いていたAさんと畑越しに大声で田園的挨拶を交す。 駒沢へ出る街道・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
出典:青空文庫