・・・むかし飼槽の中の基督に美しい乳房を含ませた「すぐれて御愛憐、すぐれて御柔軟、すぐれて甘くまします天上の妃」と同じ母になったのである。神父は胸を反らせながら、快活に女へ話しかけた。「御安心なさい。病もたいていわかっています。お子さんの命は・・・ 芥川竜之介 「おしの」
×すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。 ――今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ――それは皆、・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・そうして「沈黒江明妃青塚恨、耐幽夢孤雁漢宮秋」とか何とか、題目正名を唱う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。……… が、こう云う商売をして、口を糊してゆくのは、決して容易なものではない。第一、十日と・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・モアブ人、アンモニ人、エドミ人、シドン人、ヘテ人等の妃たちも彼の心を慰めなかった。彼は生涯に一度会ったシバの女王のことを考えていた。 シバの女王は美人ではなかった。のみならず彼よりも年をとっていた。しかし珍しい才女だった。ソロモンはかの・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・われ、眼を定めてその人を見れば、面はさながら崑崙奴の如く黒けれど、眉目さまで卑しからず、身には法服の裾長きを着て、首のめぐりには黄金の飾りを垂れたり。われ、遂にその面を見知らざりしかば、否と答えけるに、その人、忽ち嘲笑うが如き声にて、「われ・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 王子も燕も気がついて見ますとそこには一人のわかい武士と見目美しいおとめとが腰をかけていました。二人はもとよりお話を聞くものがあろうとは思いませんので、しきりとたがいに心のありたけを打ち明かしていました。やがて武士が申しますのには、・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・一つの道を踏みかけては他の道に立ち帰り、他の道に足を踏み入れてなお初めの道を顧み、心の中に悶え苦しむ人はもとよりのこと、一つの道をのみ追うて走る人でも、思い設けざるこの時かの時、眉目の涼しい、額の青白い、夜のごとき喪服を着たデンマークの公子・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・繰り返しても繰り返しても飽くを知らぬのは、またこの懐旧談で、浮き世の波にもまれて、眉目のどこかにか苦闘のあとを残すかたがたも、「あの時分」の話になると、われ知らず、青春の血潮が今ひとたびそのほおにのぼり、目もかがやき、声までがつやをもち、や・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年十八歳のとき最愛の女御弘徽殿の死にあわれ、青春失恋の深き傷みより翌年出・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・の本心を読んで取ったので、これほどに思っている自分親子をも胸の奥の奥では袖にしている源三のその心強さが怨めしくもあり、また自分が源三に隔てがましく思われているのが悲しくもありするところから、悲痛の色を眉目の間に浮めて、「じゃあ吾家の母様・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫